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サイアミディン

適切に楽をし、適切に仕事する

今の世の中、ほとんどの人は生きていくために仕事をする必要があると思います。

普通に生きていくためにはお金が必要で、安定的にお金を手に入れるためには仕事をする必要があるからです。

一方で仕事はストレスを生み出す大きな源にもなりえます。

お金を手に入れるために、それによって自分や家族を養うために、

多少やりたくなくたってしなければならない仕事もある、という事は多くの大人が感じるところではないかと思います。

理想的には「自分のやりたいこと=自分の仕事」となる状況がストレスマネジメント的には一番良い状態ではないかと思いますが、

なかなか理想通りの仕事に就くというのは難しいことかもしれませんね。

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事前の想定より事後の柔軟対応

最近医療関係の講演会でも、ネット動画配信の形式がよく見られるようになってきました。

これまでは都心部の講師の講演会は都心部にいる人しか聞きに行けなかったのが、

このシステムによって、講師は都心部にいてもネットでつなぐことによって、地方にいる人も聴講する事ができるようになりました。

インターネットがもたらした新しい情報伝達の在り方のおかげで、情報を入手するのに地理的な不公平性はだいぶ少なくなったように思えます。

ところがこのネット動画講演会、実際に参加してみると私は若干の違和感を覚えます。

一つはその講義に集中しにくいということです。

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六病位を適応・消耗病態で捉える

漢方を勉強していると「六病位(ろくびょうい)」という考え方を学びます。

その昔、感染症に対する対抗手段が漢方薬しかなかった頃、

先人達は感染症を急性熱性疾患と捉え、その進行度を6つのステージに分けて考えました。

それぞれ「太陽病(たいようびょう)」期、「少陽病(しょうようびょう)」期、「陽明病(ようめいびょう)」期、

それから「太陰病(たいいんびょう)」期、「少陰病(しょういんびょう)」期、「厥陰病(けっちんびょう)」期、

という6つのステージを示しました。3つの「陽」がつく時期と3つの「陰」がつく時期があることから、「六病位」のことを「三陰三陽(さんいんさんよう)」と呼んだりもします。

このことは3世紀の初めに長沙(湖南省)の太守(知事)であった張仲景という人物が記したとされている『傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)』、通称『傷寒論(しょうかんろん)』に明記されています。

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受容と保留

前に不安のスパイラルから抜け出すには保留力が重要という話をしましたが、

ひとつ、保留のように見えて実は保留ではないという行動に注意しておく必要があります。

ある医師アンケートで糖質制限に対して賛成でも反対でもないと答えている人が過半数近くいるとの話を聞いたことがありますが、

この「賛成でも反対でもない」というスタンスは「保留」にしている状況と言えるでしょうか。

言える場合もあると思いますが、内情をよく見ると実質保留ではなく、それは「非受容」であると思える場合があります。

例えば少数派の医師で、糖質制限を推奨しているのを止めはしないが、自分は関わり合いになろうとしない姿勢の医師は、

それは保留にしていると言えばしていますが、受容していないという要素の方が強いような気がします。

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適応・消耗病態別治療法の概念

引き続き、①可逆的な消耗疲弊→②可逆的な過剰適応→③不可逆的な消耗疲弊→④死亡、のステージング分類について考えます。

これらの流れは主に慢性疾患において当てはまる考え方だと思います。

先日いわゆる風邪症状は基本的に過剰適応反応だと述べましたが、

より正確に言えば、本来は「適切な」適応反応が起こっていて、時にそれが過剰適応反応へと移行しうる、という感じだと思います。

言ってみれば①の前に存在する「⓪正常な適応反応」のステージで完結するのが、一般的な急性疾患のパターンだと思います。

ただその急性疾患がいわゆる「こじれた状態」になってくると、①→②→③の順に病状が変化し、疾患が慢性化してくるのではないかと思います。

まず、「①可逆的な消耗疲弊」は、適切に休んでいれば元に戻る状態です。

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相手への思いやり不足に注意

私は基本的に囲い込みがされていないアクセスフリーな場を好みます。

建設的な議論を行う上でも、そういう場はとても大切であると思っています。

だからブログのコメントに対しても、礼を失したものでない限り、できるだけすべてのコメントに対して返答するのが私のスタンスです。

しかしながら私も一人の弱い人間で、聖人君子では到底ありませんので、

何度も何度も同じような質問をして、素人であることを理由に自分で考えようとする意図が全く感じられないコメントを寄せる人に対しては、

正直言って嫌気がさしますし、そんな人には公平ではいられなくなる自分がいます。

その事は以前にも触れたことがありますが、皆が皆、そのコメントを注意して読んでいるとは限りませんので、

こういう事はきっと今後も繰り返されてしまうのでしょうし、ある種ブロガーの宿命的な所もあるのかもしれません。

でも私はそのスタンスを守ろうとするがあまり、自己犠牲となってしまう人生とは手を切ろうと思います。


最近、多く感じるのです。相手への思いやりが足りていない人達のことを。

自分のことで精いっぱいになるが余り、何度も質問をくり返して相手を気遣うことが口だけや形だけになっている人もいます。

口ではへりくだっていても、あなたのやっている事は私の時間をいたずらに奪う行為です。

相手の事情も構わず、自分のやってほしいことを何度も求めて来る人もいます。

あなたがやってほしいことは、私がやってほしいことと一致しているとは限りません。

本当はそんなことを思っていないのに、同じセリフを繰り返して何一つ変わろうとしない人もいます。

何も変わるつもりがないのなら、私はあなたに関わりたくはありません。

そんな人達に付き合って、丁寧にコメントを返すことは私はもう止めにします。

たとえ嫌われようとも、嫌なものは嫌だと正直に言っていこうと思います。


そうしなければ私は私でなくなってしまいます。

ブログを運営しているせいで、私のしたくないことをしなければならなくなる状況だけは避けなければなりません。

もしもそれが避けられない状況が続くようになれば、私はブログをやめるしかなくなってしまいます。

ごく少数の私が嫌がるコメントをする方のために、大多数の温かく見守って下さる方々の交流の場をなくすのは忍びないので、

できるだけそうならないように努力はしたいと思いますが、この努力している時点ですでに自己犠牲が生まれています。

ブログ読者の方々におかれましては、

私だけに限らず、「ギブ&ギブ」の精神で無償で情報提供している人達に対して、

ほんの少しでもいいから相手への思いやりを、自分の独りよがりになっていないかの見直しを、

自分の胸に手を当てて考えてみて頂ければ幸いに存じます。


たがしゅう
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すべての症状を過剰適応か消耗疲弊かで考える

基本的に下痢は過剰適応、便秘は消耗疲弊、という考え方を述べましたが、

この考え方に基づくと、すべての症状は過剰適応か消耗疲弊のどちらかに分類できるのではないかという考えに至るようになってきました。

例えば風邪を引いた際に認められる発熱や鼻汁、咽頭痛、咳・痰などの典型的な風邪症状は、

発熱は熱産生システムの亢進による過剰適応、鼻汁は粘液分泌システムの亢進による過剰適応、

咽頭痛は咽頭部における炎症反応の亢進による過剰適応、咳・痰は軌道の異物排泄システムの亢進による過剰適応、

というように一連の症状は過剰適応病態として起こっているという事がわかります。

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糖質制限理論に人生を支配されない

以前、「血糖値に人生を支配されない」という記事を書きました。

糖質制限と自己血糖測定器の普及で、かなり再現性が高く多くの人が血糖値をコントロールできるようになったのはよいですが、

血糖値が可視化されたことによって、もしも血糖値が基準値内に入っていなければ、今までには存在しなかった新たな不安を生じる事となり、

その不安のストレスによってさらに血糖値が上昇し、コントロール困難となるジレンマを抱える事となり、

もはや健康を取り戻したいという最初の目的を忘れ、血糖値をコントロールする事にすべての力を注ぐようになってしまい、

自分の人生が置き去りにされてしまうことを危惧して書いた記事でした。

そんな中、いつも見ているケアネットニュースのこんな記事が私の目に飛び込んできました。

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下痢は過剰適応、便秘は消耗疲弊

以前「下痢は良いのか、悪いのか」という記事を書いた時に、

下痢の持つ肯定的な側面、すなわち異物を対外へ排出するための防御反応としての側面について紹介しました。

一方で果糖負荷試験という実験を行った際に私はおおいに下痢をしましたが、

これは果糖の悪影響から身を守るために身体が起こしてくれた反応かと思いきや、2日後に著しい高中性脂肪血症がある事が判明し、

防御反応として下痢が起こったというよりも、速やかに吸収され尽くされた後に吸収量が許容量を超えて起こってきた消化吸収障害の結果としての下痢の負の側面を知ることにもなりました。

下痢が起こった時にそれが意味する背景は複雑でしょうけれど、

少なくとも消化管の機能が一時的にせよ慢性的にせよ、異常な状態を示しているという事は言えるのではないかと思います。

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恋愛や結婚は失敗学実践の場

恋愛も結婚も人間相手の営みであるから、

いろいろ考えあぐねた所で思い通りにはいかないもの、

だったらあれこれ真面目に考え過ぎるのを止めて、

目の前の出来事に対して、自然に沸き起こる感情を大切にして一つ一つ動けばいい、

という考え方があります。

これは一見、自然を重視している考え方であるように思えます。

はたして、この考え方は自然重視型医療を推奨する私の心にフィットするのかどうか、

本日はこの点について少し思考を深めてみたいと思います。

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チャンスに気付けるか否か

自らが世の中に対して行動を起こせば、

一見して何の変化もないように見えたとしても、

必ず何かしらの「返り」があるものだと私は思います。

私が主催し、次回で第5回を迎える「糖質制限を語る会 in 鹿児島」ですが、

今までの経験を踏まえて今回は、より多くの方々へ参加してもらうためにはどうすればよいかについて知恵を絞りました。

その工夫の一つはまず、3連休の中日に設定する、ということです。

今までの経験上、鹿児島県内の人が興味を持ってくれるというよりも、

私のブログを見て下さっている読者で、他県からの参加者が多いというのが当会の特徴です。

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誰かに貢献できている感覚

本当に勉強したい人だけに選択的に情報を伝えられるようにするため、

当直中の空き時間を利用して、自分のミニレクチャーをDVDなど動画形式で保存し、

後で興味があるという人に観てもらうというスタイルを始めて1ヶ月程度が経ちました。

最初思いついた時は誰も損しない方法として我ながら良いアイデアが出たと思っていたのですが、

実際にやってみると、いろいろと問題点がある事に気が付いてきました。

端的に言うと、私のモチベーションがなかなか続かないのです。

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欲望の種をこまめに摘んでおく

前回に引き続き、「星の王子さま」で私が気になった場面を取り上げます。

「星の王子さま」がやってきた星は、とても小さくて、地球における家屋ほどの大きさしかないという事になっているのですが、

その星の中で生えているバオバブの木についての一節で考えさせられる部分がありました。

バオバブの木というのは実在し、アフリカのサバンナを象徴する樹木です。

先日、そのバオバブの巨木に謎の大量枯死が起こったという事がネットニュースにもなったばかりでの所でした。

ただ「星の王子さま」の中では、バオバブの木は次のように描かれています。

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かんじんなことは数値化できない

友人から勧められて、「星の王子さま」という本を読みました。



星の王子さま―オリジナル版 ハードカバー – 2000/3/10
サン=テグジュペリ (著), Antoine de Saint‐Exup´ery (原著), 内藤 濯 (翻訳)


この本は確か以前読んだ小説「君の膵臓をたべたい」の作中にも登場しており、

少し魅力的な本として描かれていたので、どんな本なのか機会があれば読んでみようかと思っていた本でした。

今回その友人の後押しもあって読んでみたのですが、

一言で言えば、「童話の形をとった深い哲学書」でした。

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夫婦関係も主体的であるべき

夫婦関係の在り方は千差万別と聞きます。

互いに死ぬまで愛し合える関係が理想と思いきや、

哲学者のサルトルとボーヴォワールのように事実婚でビジネスパートナーのような関係が大きな生きがいを与える場合もあります。

傍からみれば愛し合っていないように見えても、それでも別れずに支え合える他人にはわからない絶妙なバランスというようなものもあるのでしょうし、

女性は男性の後を三歩下がってついていくというような昔ながらの価値観も、当人どうしが納得していれば安定を産み出します。

ところが世の中には夫婦関係そのものがストレス源を産み出し、様々なストレス病を引き起こしているような状況もあると思います。

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足りないものを探す旅

もはや国民病として不動の存在となったがんという病、

たとえ上手に糖質制限をしていたとしても、抑え切れないステージがあることを私は知っています。

糖質制限は理論的に考えてがん抑制的に働いて然るべきなのに、

ある時点から不可逆的な転帰を辿る事実が厳然としてあるのです。

そんな事実に直面すると自分の無力さ、未熟さを否が応でも痛感させられます。

中医学とか、ホメオパシーとか、私がまだ扱いきれない医療の名医がもし診ていたら治すことが出来ていたのではないか、

そう思うとやりきれませんが、それでも一歩ずつ前に進んで行くしかありません。

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未知の物質までメンテナンスできない

本日は何気なく医療ニュースを見ていて、

ふと思ったことについて記事にしたいと思います。

目に入って来たのは次のような記事です。

眠気の仕組み一部解明=脳内たんぱく群を特定-筑波大
2018年06月14日02時13分

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一方的な主体性では不十分

ブログ読者のエリスさんから、「自分がどうしたいかはお互いに伝える必要がある」という御意見を頂きました。

これは本当にその通りで、男女の恋愛の場合で考えると、

仮に女性側がどうしたいのかを明確に示したとしても、男性がそれを示さなければ、

和牛の漫才ではありませんが、男性側は常に女性の意見発信で物事を考えるという受身的な思考パターンを披露してしまうことになり、

はたからみたら滑稽な状況、男性役の水田さんの正論を言っているのに憎たらしい状況に陥ってしまいます。

言い換えれば、折角の主体性の良さが台無しになってしまう危険性をはらんでいるということです。

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私がどうしたいかを示す

自宅のトイレには私の好きな相田みつを先生の日めくりカレンダーを置いています。

トイレ中の短い時間で読むにはちょうど良い分量という事もあって、誤解を恐れずに言えば、トイレと相田みつを先生の詩はとても相性が良いように感じています。

とは言え、私は日めくりカレンダーを日めくりとして利用しておらず、気が向いた時にページをめくるという気まぐれな使い方をしているのですが、

今日たまたま見た相田みつを先生の詩は、詩の言葉とともにその言葉の英語訳が記されているというものでした。

「自己顕示 自己嫌悪 わたしのこころのうらおもて みつを」

という詩だったのですが、その言葉の英語訳は次の通りでした。

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自分と向き合い続けて人生は花ひらく

長く生きることだけが人生の価値だとは思いませんが、

健康長寿を成し遂げておられる人にはやはり興味が惹かれる所があります。

先日、ふらっと本屋に立ち寄って衝動買いしたのは、

吉沢久子先生という評論家の方で、今年御年100歳になられた方が書かれた次のような本です。



99歳からあなたへ いつまでも変わらない大切なこと 新書 – 2017/6/22
吉沢 久子 (著)

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漢方薬は見えない代謝を整える

2018年6月9日(土)-10日(日)の二日間、

大阪国際会議場で行われました第69回日本東洋医学会学術総会に参加して参りました。

漢方や鍼灸など東洋医学に興味がある医療関係者が一堂に会するおそらく国内最大規模の学会です。

もともと漢方に興味を持つ人は西洋医学一辺倒の現代医療に疑問を持つことに始まり、

必ずしもエビデンスの有無に捉われることなく、自分の頭で考えて行動する人が多いので、

斬新な発想での治療アプローチを知ることができたり、新たに考えるきっかけを与えられたりするのでいつも大変参考になります。

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保留力

本屋でいろいろな本を眺めていると、

「適当力」とか、「多動力」など、「◯◯力」というタイトルの本を時々見かけることがあります。

それで言えば、私は「保留力(ほりゅうりょく)」というものが大事なのではないかと思っています。

つまり「わからないことをわからないままで一旦保留にしておける能力」のことです。

なぜこの能力が大事なのかと言いますと、

この能力が足りないと理由がわからないことに対して不安を生じてしまうからです。

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依存物質をとる行動は主体的か

私が外来をしていてよく出会うのは睡眠薬常用の高齢患者さんです。

そのほとんどがベンゾジアゼピンとか非ベンゾジアゼピン系と呼ばれる依存性の強い睡眠薬を内服されています。

彼ら彼女らは皆、「睡眠薬のおかげで眠れている」「睡眠薬がなければ眠れない」と思い込んでおり、

他の薬であれば飲み忘れる事が多々あっても、睡眠薬だけは忘れずにもらいに来ます。

飲み忘れると眠れないだけではなく、眠れないことによる不安やストレスで身体の調子を崩してしまうからです。

こういう患者さんは実はただ眠れないだけではなく、その裏に交感神経過緊張状態が隠れていることが多いです。

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科学を正しく使うべし

私は糖質制限を知るきっかけを与えて下さった夏井睦先生の「新しい創傷治療」のサイトを、

毎日欠かさず読んでおりますが、先日の更新履歴に夏井先生の次のような文章が書かれていました。

(以下、引用)

私は過去を懐かしんだり旧交を温めるのが苦手」と書きましたが,

こういう先達も先行者も師匠もいない前代未聞の治療を一人で始め,

19歳女性、人工関節露出のように「どうしたら治せるのか/治らない場合はどうなるのか/何が正解の治療なのか」について

世界中の医者の誰も経験していない症例を治療せざるを得なくなったため,嫌でも思考パターンは徹底的な未来派志向になります。

過去を振り返っても正解は得られないし,進むべき道を指し示してくれる先人もいなければ,「自分で考えて自分で前に進む」しか道はありません。

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限られた時期の運動は人為的であってよい

私は運動をするなとは言いません。

運動はしてもいいし、しなくてもいいものだと思っています。

こう言ってしまうと、0か100かの二元論に聞こえるかもしれませんが、

動物として生きている限り、運動していないと言いながらも、何かしらの運動をしています。

その量が人と比較して多いか少ないかという問題であって、「運動をしてもしなくてもいい」という考えは、

「糖質制限をあまり厳格化しない」という発想と似ていて、本人の心地よさを重視するという考えに通じます。

そうした考えの中で運動習慣のない人が運動が好きでないのに無理矢理に運動習慣を作る必要はないという意見を述べたわけですが、

かならずしもそうとは限らないと考えさせられる御意見をブログ読者のkazukou1508 さんから頂きました。

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運動が嫌いなら運動しなくてよい

よく食事で改善しない身体のトラブルは運動が足りないからだというアドバイスを耳にします。

過度な運動は酸化ストレス源にもなるので、一概に運動をすることがよいとは言えないという反論もあると思いますが、一旦その反論は置いておいて、

ここではいわゆる適量の運動、具体的には軽く汗ばむ程度のウォーキングやスクワットといった類の運動、について冒頭のアドバイスはどうかということについて考えてみたいと思います。

運動は基本的にエネルギー需要を高めますので、なるほど確かに運動をすれば、滞った代謝をスムーズに駆動することにつながりそうですし、

なかなかやせないという人は脂質をエネルギー基質として利用する代謝が高まり、結果的にやせる方向へ促されることも理論的に正しいでしょう。

しかし問題は運動を心地よいと思っているかどうかです。

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いばらの道で自分らしい生き方を

糖質制限で体調が悪くなる人の本質的な問題点について以前述べました。

結局は糖質制限を行うに当たって誰かの言葉を頼りにし過ぎていたり、何かの理論やデータに縛られ過ぎていたりする事が次第に歪みを生じていくのではないかと私は考えています。

例えば、今一切の糖質制限理論、血糖値やインスリンなどのデータがないような状況で、

いわば原始時代の時のような条件で、ある人がある時突然思い付きでごはんを抜いてみようと思い付きで始めたとします。

これ自体は自分で決めたわけなので主体的な行動と言えると思います。

そういう人がごはんを抜いてみて、もしも頭痛やめまいなど体調不良を自覚した場合、その人はどういう行動を取るでしょうか。

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色褪せない文章を書く

長くブログを続けていますと、

だいぶ前に書いた記事についての感想が寄せられるという事が出てきます。

最初ブログを始めた頃は、「とにかく思いついたことを何でもいいから書く」という気持ちを持っていたり、

「最低3ヶ月は毎日記事を書く」というノルマも自分なりに設定していたように思います。

しかしそのようながむしゃらなスタンスだと後で読んでみて、

落ち着きがない文章になったり、共感が得られにくい独りよがりの文章になったりしがちです。

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長い楽(らく)からは逃れ難い

私が今勤めている病院では、

寝たきりやそれに近い状態の御高齢患者さんが入院される事が多いです。

寝たきりと言えば、普通仰向けでの寝たきり姿勢をとるわけですが、

そのような状態の患者さんに高頻度で見られるトラブルが誤嚥性肺炎、尿路感染症、そして褥創です。

ひとたび寝たきりになると、それらの感染症をしばしば繰り返したり、一旦できた褥創がなかなか治らなくなったりします

だからそうならないように寝たきりを予防しようというのが、世の中の一般的な風潮だと思います。

実際に寝たきり患者を多く扱う病院の立場としては、予防などと言っていても理想論であって、

今眼前に立ちはだかる喫緊の課題としてこの問題に取り組まなければならない事情があります。

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スマホ見る姿勢は人為的

私の今の生活はかなりスマホに依存してしまっている所があります。

パソコンのない場所でちょっとした情報を調べるのにとても便利で、診療にも活用する事ができますし、

少しでも空き時間ができれば、スマホをいじって暇つぶしのようにネットサーフィンをしたりもできます。

でも集中して情報を見ていないために結局あまり身にならず、「また無益な時間を過ごしてしまった・・・」と後悔することもしばしばです。

時々、あまりよくないとは思いながらスマホ歩きのような事をしてしまっている時もあるのですが、

そういう時の自分の姿勢というのは客観的に見ることができていないものです。

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プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
漢方好きの神経内科医です。
南鹿児島さくら病院にいます。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

南鹿児島さくら病院では職員を随時募集中です。
詳しくはホームページhttp://www.nissyoukai.or.jp/
を御覧になって下さい。
見学申し込みもお気軽にどうぞ。

※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。

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