サイアミディン

若ければ柔軟とは限らない

私も若手というには憚られる年齢的には中堅の医師になってきました。

時折、私よりも若い世代の医師達と交流することがあるのですが、

基本的にこちらから雑談として語りかけても、話がほとんど弾みません。それ以上話しかけられるのは迷惑と言わんばかりに会話が途切れたり、酷い場合は話の途中でスマホを操作されたりします。

糖質制限について知っているかという話題を持ちかけても特別の興味を示しません。彼らのベースはあくまでも学会のガイドライン、大病院における標準的治療、そして専門医試験です。

最終的にどんな医療を手がけられるようになりたいのか尋ねても、「まだそこまで考えていない」という返事です。

なんというか、交流していてとても哀しい思いがしますね。
私は、なんとなく頭がいいから医者になった人や、親が医者だから流れで自分も医者になった人達の思考停止加減に末恐ろしさを覚えます。

哀しいかな、今の医療の大部分はこういう背景を持つ医師達によって支えられているのが実情であるからです。

私は、自分で言うのも何ですが、糖質制限にまつわる知識と経験は持ち合わせている方だと思います。

そんな私と直に交流し、しかもこちらから話題を提供しようとしている状況にも関わらず、

一切の興味を示さず、むしろ邪険にするような若手医師達の態度に、如何ともし難い高い壁の存在を感じます。

この態度を私がどうこうして変えさせようというのは極めて困難な事です。今まで同様の壁にぶつかりうまく軌道修正できた試しがありません。というよりそもそもそんな事可能なのでしょうか。

いつぞや、医師はプライド高く育てられると述べました。

よほど柔軟性を持っている人でない限り、自分の意図に沿わない助言に対して聞く耳を持たない人がほとんどだというのが内部から見た私の率直な印象です。

若い人なら柔軟性があるかもと思われるかも知れませんが、そうではない事は今まで嫌というほど経験しました。

夏井先生サイトでの糖質制限実践者アンケートで、30代未満の割合が極端に少ないのが何よりの傍証です。

私は頭の固い若手医師達への説得はほとんど諦めています。

彼らを変えようと努力するよりも、

変えられる人を確実に変える努力を続けるべきだと私は考えます。


たがしゅう
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子どもたちを取り巻く環境の悪化

たがしゅう先生
みなさんこんにちは。

考えられない頭を持った大人が、日本ではこれからもっと増えていくのではないかと大変危惧しております。

その要因は、子どもを取り巻く環境の悪化です。

【昔】
・日常生活において、不便故に様々な体験、身を持って工夫する体験、経験があった
・遊びの中に、創意工夫があった

これらが、9(12)歳までのシナプス刈込み時期までの脳の思考回路の養成となっていた。

【現在】
・日常生活が便利になって、様々な体験をする機会が激減
例えば、お風呂を沸かす行為、薪から火を起こし、湯を沸かす。そこから得られる様々な実体験。それが、今はボタンひとつで湯張り終了。
・遊びにおいては、オモチャやゲーム機器により全くの創意工夫無し
・幼児期の早期教育。
自分から工夫する事のない毎日の習い事。
小学校での、学習の基礎と銘打った、徹底的な『大量・高速・反復学習』をベースとした指導やそれらの宿題。
本来ならば9(12)歳までに、脳の『思考回路』を養成しなければならない時期に、『単純思考回路』を強化してしまう要素が圧倒的な環境の中に今の子どもたちは置かれてます。
シナプルの刈込みでは『強化されている回路が残されそれ以外は削ぎ落とされてしまう』そうですね。日本の多くの子どもたちはシナプス刈込み期に、強化されている単純思考回路が残り、ヒトとして最も重要な思考回路が刈込みの対象となってしまう…という事のようです。

以下は教育アドバイザーの糸山泰造氏による発信です。


*次の書評(抜粋)は教育雑誌「いきいきニコラ」の馬場氏の書評です。重要な資料としての価値を持つ書評だと思いますので掲載します。全文は
http://www.os.rim.or.jp/~nicolas/9sainokabe.html
--------------------------------------------

■「9歳の壁」と子どもの学習~糸山泰造著『絶対学力』から思うこと
 糸山氏の言う「9歳の壁」というのはどういうものか。
 人は12歳までに抽象思考ができるようになる自然なプログラムを持っているが、そのプログラムに逆らって幼少期に先行学習やパターン学習をさせると、考える力が育たず具象思考から抽象思考に変化する「9歳の壁」を乗り越えられなくなる。
具体的には、暗記力と計算力で満点をとっていた子が高学年になると学力不振に陥る。
それは考えない習慣をつけさせ、マニュアル人間を作り出すからだというのだ。
これは今流行りの知的早期教育への警鐘でもあろう。
これについては、私の若い頃の経験による傍証がある。
ある進学塾で仕事をしていた時、その塾は日の出の勢いで躍進をしていたが、もっと生徒を増やそうという方針で、それまで小学4年生から通塾させていたものを、親の要望も受けて小学3年生から引き受けることにした。
それで教育熱心な(?)家庭の子弟が通い始めた。中学受験は早いほうがいいというわけだ。
確かに熱心な子が多く勉強の成果もあがった。
ところが、数年経ち高学年になった頃から奇妙なことが明らかになってきた。

受験学年になるころにその子たちの成績の伸び悩みが見られるようになってきたのである。

そして、5年生や6年生なってから通塾し始めた子どもたちに追い抜かれることさえ起きてきた。
通塾を勧める関係上、父母には秘密であったが、塾内では半ば公然の認識であった。
その後の受験の結果はもはや推して知るべしであった。なぜ、こういうことが起きたのか。
通塾の弊害が明らかであった。
一般には「塾慣れ」とか「塾疲れ」とか言われたが、私はもっと別のところに原因があると思っていた。
それは学校に通い、塾や習い事に通うことに忙殺され、ひたすら理解し覚えることに1日の時間の大半が使われ、ほとんど自分で考える実行する習慣を持つことなく来てしまったことの結果ではないかと考えていた。
いくら優れた水泳の指導書を読んでも実際に自分の体で会得しなければ水泳が出来るようにはならない。
このことを、糸山氏は『絶対学力』(本物の学力)の中でより体系的に明らかにしてくれている。
……………………………………………………………………………………………
●私は馬場氏とは面識がありません。ですが、大手塾の講師をしていた二十数年前に彼と同じ体験をしています。
ということは、この現象は全国的なものだったのだと思われます。
そして今、「読み・書き・計算」を徹底反復して基礎学力を付けようとの名目で、高速計算練習を軸とした、かつて大手塾が犯した大失敗と同じ道を突き進んでいる小学校が出てきているようですが、どうにか思いとどまって欲しいものです。
私は、二十年も前に、小学校低学年で高速計算を徹底反復させられ、漢字や諺を大量に覚えさせられた子供たちの悲惨な結末を見てきたのです。
漢字はイメージと連動させることで救いようがありますが、高速計算だけは、どうやっても救いようがありません。
どこまでいっても、やっているのは「10の補数と九九」の反復だけだからです。私の経験では、小学校低学年での高速計算練習ほど頭を固くするものは他にはありません。
応用のきかない発想の乏しい頭を作ってしまいます。ですから、これだけは絶対にやらせてはいけないのです。
今、現役の小学校の先生が、かつて塾が試み、大失敗した低学年戦略を知らないのは仕方がないでしょう。
ですが、子供の反応をよく見れば分かるはずです。見せかけの見栄えのする力がいかに有害なものかに早く気づいてもらいたいものです。

<追記:2013.03>
毎朝、短時間の間に高速で「マス計算」「速口暗唱」をさせて、脳を活性化(無意味な活性化)させて授業効率を高める…ということをしている(ウリにしている)小学校も知っているが、子供の不自然な高速反応に気づかない先生と保護者だけが、危険な反射反応を「基礎教育」と思っている。
何時の時代も、勘違い教育の犠牲者は子供達である。

確認の意味も含めて、実際に毎日やっていることを目の前で、そこの生徒に実演(再現)してもらった(わざわざ京都から福岡まで来ていただいた上でだ)が、思った通り、基礎でも基本でもない単なる反射強化だった。...つまり、典型的なマイナス学習の強要である。それも、毎日だ。
外見的には「元気ハツラツ、難しい内容をスラスラと暗唱している(実際に、授業参観後の保護者の大方の感想はそうなっている)」が、やっていることは「反射形成を強化するために貴重な進化エネルギーを浪費して意味もわからない演歌を、毎日高速で授業前に歌わされている」ということだ。

*モチロン、一刻も早く、転校することを強くお勧めした。
*朝のHR:速口暗唱:詩の暗唱+マス計算(3分以内)+英語(詩):何を言っているのか分からないくらいの速口で言う。
→朝の訓練が十分な速さでできなかったら、国語の時間を使ってまでもさせる。授業中にプリント等が終わらなかったら、休み時間にさせる異常さも確認済みである。

Re: 子どもたちを取り巻く環境の悪化

一読者 さん

 コメント頂き有難うございます。

 教育は成長に人為を加える行為だと思いますが、
 ゆとり教育の失敗に続き、今回御指摘のような反復反射練習の弊害も踏まえると
 教育界の迷走をうかがい知るようです。

 教育は必要ですが、その介入が必要最小限であるべきだと思います。
 病気が自ら治ろうとする力を無視して、全て薬や手術などで人為的にどうにかしようとする発想と共通構造があるように私には思えます。

 2016年11月6日(日)の本ブログ記事
 「自然に人為を加える」
 http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-772.html
 も御参照下さい。

若ければ柔軟とは限らない

幼少の親子による料理の経験が成人期の幸福度につながる。料理に限らず、親子でキャッチボールしたり、スポーツの応援、習い事のサポートなどを通して親子で苦楽をともに経験してきた私自身は、結局こどもの成長と同時にだんだん親の手から離れて行くのは仕方ない事です。空の巣症候群になった時期もあり、満たされない心は、不安にかわっていき、買い物依存や、食べる事で時間を費やしていました。そんな親をよそ目に二人のこどもたちは社会の一員として頑張っています。スポーツを通して人間関係、コミュ二ケーション力を、学んだのだと思います。でも、一番深いところには、やはり、親の愛情や、こどもを、とりまく地域の環境が、かなり、影響もあると思います。
私は、仕事柄幼い子供と関わってますが、こども目線で接することを心掛けていますよ。ことばによるコミュニケーションを確立させるようにこちらから、ことばを投げ掛けたり、表情をみながら、こどもの気持ちを推測しながら、声かけを行いますよ。意思の疎通ができたらこどもも、私も、とても嬉しい気持ちになりますもん。
たがしゅう先生、若い医師のつれない対応になど、気にせず先生の思いをありのまま表現されたらいいと思います。評価するのは、向こう側なのです。伝わる人にはつたわると思います。大人になっても、自分のインナーチャイルドに耳を傾けて見ましょうね。

No title

先生、こんにちは。
いつも興味深い記事をありがとうございます。

たがしゅう先生をはじめ、糖質制限推進派の先生方の活動のおかげで、
「変えられる人達が確実に変わってきている。」と実感しています。
私も変わることが出来た一人です。

「常識とは18歳までに身につけた偏見の塊である。」

柔軟性の無い若い先生方に、
上のアインシュタインの言葉を贈りたいです。

Re: 若ければ柔軟とは限らない

幸美さん さん

 コメント頂き有難うございます。

 合わない人とのコミュニケーションは難しいですね。
 しかし相手に原因を求めるのではなく、御指摘のように自分の心の内に働きかけ世界の見え方を変える方が現実的だと思います。変わらぬ現状は嘆かずに、変えられる側面に目を向けていきたいと思います。

Re: No title

Etsuko さん

 コメント頂き有難うございます。

> 「常識とは18歳までに身につけた偏見の塊である。」

 自分の考えが世界のすべてだとおごらぬようにと、まるでアインシュタインに諭されているようですね。自分も含めて様々な人にこの言葉の真意が伝わるよう祈るばかりです。

若い方が糖質制限に興味を持たないのは
ほとんどの方が生活習慣病や肥満とは無縁だからでは無いでしょうか?
今の20代も10年後には糖質制限に興味を持つと思います。

Re: タイトルなし

westman さん

 コメント頂き有難うございます。

> 今の20代も10年後には糖質制限に興味を持つと思います。

 そうだとよいですが、一方で明らかに肥満であっても糖質制限に興味を示さない若者も結構います。
 それが自分の身近にいる人物だったりすると、なかなか複雑な気持ちになります。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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