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サイアミディン

特殊集団で全てを語るのは無理がある

週刊新潮の糖質制限批判記事に登場した人物の中に、

以前当ブログでも取り上げた書籍『本当は怖い「糖質制限」』(祥伝社新書)の著者、愛し野内科クリニックの岡本卓先生もおられました。

批判記事の中で取り上げられていたのは、2017年に医学名門雑誌のLancetに掲載された南アメリカ大陸のボリビアという国に所属する、チメイン族というアマゾン奥地に住む部族の論文についての話です。

Kaplan H, et al. Coronary atherosclerosis in indigenous South American Tsimane: a cross-sectional cohort study. Lancet. 2017 Apr 29;389(10080):1730-1739. doi: 10.1016/S0140-6736(17)30752-3. Epub 2017 Mar 17.

実は、私は知りませんでしたが、このチメイン族、世界で最も健康な心臓を持つ部族として知られており、

その秘密を探るべく、アメリカの研究者達が度々訪れて研究対象とされているようなのです。

Lancetの論文によれば、そのチメイン族の食生活は炭水化物72%、脂質14%、蛋白質14%という割合となっています。

だから糖質制限は心臓によくないとするのが岡本先生の主張です。
そのLancet論文を取り寄せてみますと、無作為に抽出した対象のチメイン族705名に対して心臓の冠動脈CT撮影が行われ、

動脈硬化の指標となる石灰化の程度や脂質、血糖、高感度CRPなどの動脈硬化リスク因子などが評価され、

その結果、アメリカの比較集団と比べて、明らかに石灰化の程度が軽く、高血圧、脂質異常症などの動脈硬化リスク因子は4~9%と明らか少なく、高血糖に関しては0%と一人もいない好成績であることが明らかにされました。

一方で炭水化物摂取比率が72%だとする調査の妥当性について確認してみますと、

これはこのLancet論文で直接調査されたのではなく、2012年にアメリカのカリフォルニア大学の研究チームが、

チメイン族の母乳を採取してアメリカの比較集団の母乳と質がどう違うのかを調べた別の研究で行われた時の食事調査の結果を引用したものでした。

その時の食事調査の対象はチメイン族全体ではなく、出産可能年齢のチメイン族の女性に限定して調べているということでまずバイアスがかかります。

また調査方法は、24時間食事思い出し法によるアンケートのようです。

24時間食事思い出し法とは、その名の通り、前日の食事、または調査時点からさかのぼって24時間分の食物摂取を、調査員が対象者に質問して思い出してもらうというものです。

フードモデルや写真を使って、摂取した目安量を質問し、これにもとにして専門家が食品成分表を用いて栄養素摂取量を計算します。

この方法のメリットは対象者の負担が小さいことですが、

デメリットとしては聞き取りを行う調査員の技量に影響を受けるということ、対象者の記憶に依存するということがあります。

ともかくその方法によって得られた情報によって炭水化物が72%だと推定されたということなのですが、

原文の中でその辺りの聞き取り結果について書かれたところを読んでみますと、概ね次のような内容です。

Martin MA, et al. Fatty acid composition in the mature milk of Bolivian forager-horticulturalists: controlled comparisons with a US sample. Matern Child Nutr. 2012 Jul;8(3):404-18. doi: 10.1111/j.1740-8709.2012.00412.x. Epub 2012 May 24.

83%のお母さんが毎日最低1回は魚を食べ、63%が肉を食べ、49%が両方食べ、両方とも食べないのは1名のみ。

以前チメイン族人口全体に対して行われた食事調査ではチメイン族の食事は74%が植物性で、26%が動物性である(出典なし)。

地元で育てられた主要産物(米、プランテン、キャッサバ、とうもろこし)が全エネルギーの66%を占め、野生もしくは栽培されたフルーツやナッツが6%、マーケットでの食品(クラッカー、パン、パスタ、砂糖)が2%である。

狩猟肉(ペッカリー:ヘソイノシシ、バク、カピバラ、サルの主たる種)が全エネルギーの17%を占め、淡水魚が7%、野放し動物からの牛肉、家禽肉、豚肉が2%である。

チメイン族は牛乳や乳製品を摂取せず、卵は食事全体の0.5%にも満たない量しか摂取しない。

その結果、推定される脂質からのエネルギーは14%、蛋白質からは14%、炭水化物からは72%である。



・・・なんだかすっきりしない調査内容です。

というのも聞き取りで肉や魚をいっぱい食べている状況が明らかになりながらも、

肝心の炭水化物の調査に関しては別調査からの引用情報に切り替わっており、しかもその出典が明らかにされていない始末です。

確かに炭水化物もそれなりに食べているのでしょうけれど、本当に72%でよいのかに関しては疑問が残る結果です。

また最初のLancet論文に戻ると、少し気になることも書かれています。

チメイン族は上下水道、電気へのアクセスを欠いていて、成人の3分の2以上が一生涯のうちどこかで寄生虫の一種、「蠕虫(ぜんちゅう)」に罹患するとのことです。


ここまでの入手した情報から私の考察をまとめるとこうです。

アマゾン奥地に住むチメイン族は確かに心臓疾患のリスクが低い事が西洋医学的にも確認された集団で、

その食生活には狩猟肉を中心に動物食を毎日摂取するとともに地元で育てた穀物も十分に食べており炭水化物の摂取量が比較的多いというのは若干の疑問は残るもののおそらく事実であろうと思われます。

ただし、このチメイン族は現代文明とのアクセスがいまだにほとんどなく、摂取する炭水化物は地産地消のものがほとんどで、精製された炭水化物と接する機会がほとんどないこと、

また衛生環境がよくないから寄生虫との共生環境も成立している状況があるということです。

言ってみれば炭水化物摂取の食生活に適応できた特殊集団です。

もしかしたら意図せず蠕虫を消化管に寄生させた事も、高炭水化物食への適応と何か関係があるのかもしれません。

炭水化物72%という数値だけみていたらわかりませんが、

現代社会でのスーパーマーケットやコンビニで食料を調達して得られる精製炭水化物で72%になる事とまるで意味が違うと私は思います。

運動量も文明が発達し明らかに運動不足に陥った我々と比べても圧倒的に多く、

インスリン非依存的に血糖を処理できている側面もおそらく大きいものと思われます。

要するにそんな特殊な集団のことを取り上げて、糖質制限批判を展開するのは無理があるということです。

たとえるなら「エジソンは学校に行かずして天才的な発明を成し遂げたのだから、人は皆学校に行くべきではない」と主張しているようなものだと私は思います。


たがしゅう
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No title

新潮さんやそこに登場する方々の論はもとより^^;
Lancet様でさえ、と突っ込みたいところですが。

失礼な言い方かもしれませんが医療以前に食や労働などの生活環境がヒトにとっても重要であることは言うまでもないことだと思います。

その前提が正しいならば、各栄養素の内容や対象集団(または個体)の生活習慣や環境、最低でも労働の質や量を提示・考慮が必須条件だと思います。

それらを無視して極めてあいまいで大雑把なPFCバランスのみに着目して結論を見出す手法は単純に過ぎるというか、素人目には恣意的意図的な何かを想像せざるを得ません。

どうせなら

「PFCバランスが同様であっても精製糖質か否かで有意な相違がみられる」

ぐらいまで持ってきてくれたら意味がある気がしますが、少し稚拙な結論に感じるのは私がひねくれているからですか(笑)




Re: No title

ねけ さん

 コメント頂き有難うございます。

> 「PFCバランスが同様であっても精製糖質か否かで有意な相違がみられる」
> ぐらいまで持ってきてくれたら意味がある気がします


 これは私も感じている疑問の一つです。
 同じマウスの研究でも糖質制限(ケトン食)がネガティブなデータを出す場合と、ポジティブなデータを出す場合とがあります。
 その差が精製炭水化物か未精製炭水化物の違いによるものなのかは私も知りたいと思っていますが、PFC比のみで詳しい飼料の情報が公開されていないので検証しきれていない所です。
 しかしチメイン族が炭水化物をある程度摂取して非常に健康的な状態を保っているのだとすれば、土着の寄生虫や腸内細菌との共生を関連づける精製されていない土着の炭水化物を摂取する事が良い効果をもたらすのではないかと私は予想しています。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
漢方好きの神経内科医です。
南鹿児島さくら病院にいます。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

南鹿児島さくら病院では職員を随時募集中です。
詳しくはホームページhttp://www.nissyoukai.or.jp/
を御覧になって下さい。
見学申し込みもお気軽にどうぞ。

※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。

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