サイアミディン

長い楽(らく)からは逃れ難い

私が今勤めている病院では、

寝たきりやそれに近い状態の御高齢患者さんが入院される事が多いです。

寝たきりと言えば、普通仰向けでの寝たきり姿勢をとるわけですが、

そのような状態の患者さんに高頻度で見られるトラブルが誤嚥性肺炎、尿路感染症、そして褥創です。

ひとたび寝たきりになると、それらの感染症をしばしば繰り返したり、一旦できた褥創がなかなか治らなくなったりします

だからそうならないように寝たきりを予防しようというのが、世の中の一般的な風潮だと思います。

実際に寝たきり患者を多く扱う病院の立場としては、予防などと言っていても理想論であって、

今眼前に立ちはだかる喫緊の課題としてこの問題に取り組まなければならない事情があります。
そんな中で、私が注目したのが、「腹臥位療法」です。

仰向けという姿勢は二足歩行を獲得した人類ならではの人為的な姿勢でして、

動物の進化の歴史の中では、ほとんどがうつ伏せ(腹臥位)姿勢をベースにした構造になっているという事がわかります。

動物の姿勢進化

勿論、仰向けによって新たに獲得することができた外的刺激や文化的要素の側面はあったわけですが、

こと肺炎、尿路感染症、褥創の予防という観点では、その解剖学的な構造から腹臥位の姿勢をとることが有利に働くという事は容易に理解できます。

呼吸器にしても尿路にしても、痰や尿を排出する出口は身体の前側に位置しています。

従ってうつ伏せ姿勢をとることによって重力に従って痰や尿は自然と排出されやすくなるという事は自明の理だと思います。

腹臥位と仰臥位の排痰の差

また褥創が最も形成されやすい部位はダントツで仙骨部ですが、

それというのも仰向け姿勢をとることで腹部臓器の重みが加わる接地面であり、なおかつ骨の固さで皮膚を圧座しやすい場所だからだと思いますが、

これがうつ伏せ姿勢をとることで重みとなっていた腹部臓器が逆にクッションの要素となり、骨による圧迫も解除されます。

勿論ずっとうつ伏せ姿勢をとり続けていたら腹部に新たな褥創を形成するリスクはありますが、

それでも仙骨部に発生するリスクよりは低いはずです。

だからすでに寝たきりになっている患者さんの感染症や褥創予防になるのではと思って、

院内で積極的に腹臥位療法を取り入れようと働きかけているのですが、

すでに寝たきりの患者さんに対して、なかなか一人ではできない行為であるという事もあって、

またスタッフの新しいことを実践することに対する不安感もあいまって、なかなか進められない状況が続いています。

それでも少しずつ実績を積み重ねて不安感を取り除いていくより他にないと思うのですが、

先日、日々のリハビリに対して依存的で、自主的にリハビリを行う意欲が全く見られず、ベッド上寝たきり状態となっている70代男性患者さんに対して、

私も含めてリハスタッフで3人がかりで本人の了解を得て腹臥位療法を実践しようとしましたが、

側臥位から腹臥位になろうとする段階で、「待って待って!怖い怖い怖い怖い!!」と言って、途中で腹臥位姿勢をとるのを取りやめざるを得なくなるという出来事がありました。

腹臥位療法を行う上でスタッフに対する壁もさることながら、患者さんに対する壁もまた大きいことを改めて感じさせられた次第です。

と同時に「うつ伏せになるのが怖い」ってどういう事だろう、とふと思いました。

ずっとうつ伏せになり続けるのがつらいというのであればわかります。私自身も寝る時にうつ伏せ姿勢をとることはあっても、

ずっとその姿勢を取り続けるのは治まりが悪くなってくるので適宜寝返りを打つことで違和感を解消しようとします。

しかしその患者さんに試みたのはほんの一瞬だけうつ伏せになることです。それが怖いというのはかなり異常というか、非常にこじれてしまった状況に思えます。

仰向けという人為的な姿勢ばかりを長く続けることによって、本来自然であったはずのうつ伏せの姿勢が取れなくなるという状況です。

私はこの状況は、糖質頻回過剰摂取という人為的な食事を長く続けることによって、本来自然であったはずの糖質制限食を摂取できなくなるという状況と共通構造を持っているように思います。

うつ伏せが取れなくなったからと言って、仰向けが本来あるべき姿と解釈するのは自己都合ではないでしょうか。

糖質制限でストレスを感じるからと言って、糖質頻回過剰摂取が本来あるべき姿だと解釈するのはある種の現実逃避なのではないでしょうか。

真の問題は楽な人為に身を委ね続け、自然のシステムを錆びつかせてしまった所にあるのではないでしょうか。

それを新たな人為に適応したと解釈する人もいるかもしれませんが、

寝たきりで肺炎を繰り返し、褥創を悪くする人達を見るにつけ、

それが仰向けという新たな人為に適応できたとは私には到底思えず、

むしろ自然のシステムを大事にしなかった事への代償ではないかという気もしてくるのです。


たがしゅう
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No title

たがしゅう先生

いままで考えもしなかった発想に目から鱗でしたが、なるほどと思わされました。患者さんの反応はかなり過剰に思えますが、一方で恐怖を感じるというのは少し理解できるような思いもあります。
完全にうつ伏せになると人は視界の自由が大幅に減りますし、その辺りの不安が関係しているのではないでしょうか。長い間その姿勢を取っていなかったことも影響しているのではありませんか。

自分自身のことを考えても不思議なのは、寝る時にはうつ伏せになるという事はかなり少ないのですが、目がさめる時にはうつ伏せになっていたという事がかなり多い事です。
それでも特に違和感も感じずに目覚めるので、無意識に楽な姿勢を選んでいるのかもしれません。

積極的にうつ伏せで寝てみて、もう少し考えたいと思います。

No title

たがしゅう先生、おはようございます。

今日のblogを読んで納得いたしました。
先週、今流行っている喉の風邪を引きました。
夜中にも咳が止まらず、辛かったのですが、なんとなくうつぶせに寝てみたらとても楽でした。体が楽な体位を教えてくれました。

今日の話題とは違うのですが、私の場合、少しの体調不良は自然の中で作業をすると体の不調が抜けるようです。これもある意味、自然型治療(自然治癒?)でしょうか。

Re: No title

mina さん

コメント頂き有難うございます。

> 完全にうつ伏せになると人は視界の自由が大幅に減りますし、その辺りの不安が関係しているのではないでしょうか。長い間その姿勢を取っていなかったことも影響しているのではありませんか。

いずれも一理あると思います。
本来うつ伏せは寝る時の姿勢なので、視界が狭まっても支障ない場面で活用されるべきですが、それを起きている時に行うというのですから人為的ですし、起きている時ならその視界の狭まりに対して意識的になるのは理解できます。

それが恐怖にまでつながるという状況は、御指摘の通り長くうつ伏せ姿勢をとっていなかったからこその感情であろうと思いますし、非常にこじれてしまった状況だと見ることができると思います。

Re: No title

花鳥風月 さん

コメント頂き有難うございます。
喉風邪お辛いですね。どうぞお大事になさって下さい。

> 私の場合、少しの体調不良は自然の中で作業をすると体の不調が抜けるようです。これもある意味、自然型治療(自然治癒?)でしょうか。

おおいに自然重視型医療だと思います。
それは単なる気分だけの問題ではなく、おそらく未解明のメカニズムで体調を整えている側面もあるのだろうと私は考えています。

No title

たがしゅう先生

寝たきりの患者を仰臥位で管理するのは、
管理する側が、仕事をしやすいから。
意識の確認、
呼吸の確認、サクション、
尿路管理、胃瘻などの栄養剤滴下

などなど

腹臥位にしていたら、これらは、難しいですね。

しかも、除圧対策ができていないベッドで、
腹臥位で少し長めにいたら、
もっといろんなところに、褥瘡ができてしまいます。

どちらかというと、仙骨だけのほうが、管理がしやすいです。
ほう~
また、「管理がしやすい」が出てきてしまいました。

究極は、寝たきりになった段階で、
(自分の意思で体を動かせなくなった段階で)
動物としては、生命が終わるということ。

そこを人間はクリアーして、生かしている。

そのあたりの高齢者を診ている我々は、
きっと急性期の場面で活躍する医療者とは、
別の葛藤があるんでしょう。

Re: No title

たかはし 先生

コメント頂き有難うございます。

> 寝たきりの患者を仰臥位で管理するのは、
> 管理する側が、仕事をしやすいから。
> 究極は、寝たきりになった段階で、
> (自分の意思で体を動かせなくなった段階で)
> 動物としては、生命が終わるということ。


非常に本質を捉えていらっしゃると思います。
確かに仰臥位管理は人間の都合という人為的産物ですし、
動けないのに生き延びさせるという無理難題に応えるには人為が必要です。

しかしその状況においても、自然本来のシステムを思い出すことが一助となるのではないかと私は考える次第です。

No title

いつも興味深い記事をありがとうございます。

>動物の進化の歴史の中では、ほとんどがうつ伏せ(腹臥位)姿勢をベースにした構造になっているという事がわかります。

睡眠中、襲われても、すぐ立ち上がり、逃げれるのは、
「腹臥位」だと思います。
ちなみに、陸上短距離のスタートも「腹臥位」の変化形です。

狩猟、採集をしていた頃の人類の寝姿を知らないですが、
「腹臥位」だったはずと、確信できます。

人類の進化と「糖質」「寝方」、
確かに、共通構造を感じます。

現代では睡眠中、敵に襲われる心配がないので、
「仰向け」が習慣になってしまったのでしょうか。

「糖質制限」同様に「腹臥位」も、
自然な事だと思えました。

Re: No title

Etsuko さん

コメント頂き有難うございます。

ホモ・サピエンスとしての数百万年の間、大半は野生動物から命を狙われうる安全でない状況で寝ていたはずです。
御指摘のように仰向けで寝られるようになったのは、家などで安全が確保されるようになった近代社会以降の短い歴史のみだと思います。糖質制限の話と似ていますね。

患者さんは体が硬直してしまって、うつ伏せになると体のバランスが崩れて痛みが出てしまうことを直感してるから怖いのではないでしょうか?本来の人間の姿ではないかもしれませんが、その患者さんの中ではなんとかバランスを取っているのではないでしょうか?うつ伏せすらできないくらいに体がもう硬直してしまっているのだと思います。 可能ならゆびのば体操とモゾモゾ体操をしてあげると体全身が柔らかくなりうつ伏せも出来るようになるかもしれません。特にゆびのば、本人ではなくてもやってあげられるのでやり易いかもしれません。全身は繋がっているので、足の指と足の甲を垂直に曲げたり伸ばしたりするだけで全身が動きます。深い呼吸もまた全身の筋肉を動かします。

Re: タイトルなし

なおき さん

 御助言頂き有難うございます。

 深呼吸はこれまでに何度も指導していますが、難しいようです。そういう意味でも病態がこじれていると言えます。
 ゆびのば体操に関しては聞いた事がある程度で詳しくは存じ上げないので、是非とも勉強してみたいと思います。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
漢方好きの神経内科医です。
南鹿児島さくら病院にいます。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

南鹿児島さくら病院では職員を随時募集中です。
詳しくはホームページhttp://www.nissyoukai.or.jp/
を御覧になって下さい。
見学申し込みもお気軽にどうぞ。

※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。

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