サイアミディン

依存物質をとる行動は主体的か

私が外来をしていてよく出会うのは睡眠薬常用の高齢患者さんです。

そのほとんどがベンゾジアゼピンとか非ベンゾジアゼピン系と呼ばれる依存性の強い睡眠薬を内服されています。

彼ら彼女らは皆、「睡眠薬のおかげで眠れている」「睡眠薬がなければ眠れない」と思い込んでおり、

他の薬であれば飲み忘れる事が多々あっても、睡眠薬だけは忘れずにもらいに来ます。

飲み忘れると眠れないだけではなく、眠れないことによる不安やストレスで身体の調子を崩してしまうからです。

こういう患者さんは実はただ眠れないだけではなく、その裏に交感神経過緊張状態が隠れていることが多いです。
なぜベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬を常用している人に交感神経過緊張状態の人が多いのか、

それはベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の常用が交感神経過緊張状態を作るからです。そのメカニズムもシンプルに説明することができます。

なぜならばベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系の薬はいわば交感神経を強制シャットダウンする薬であり、

強制的にシャットダウンされるものですから、薬が切れた後に揺り戻しのように交感神経が急に高ぶり、より自力で制御できない交感神経刺激が繰り返されていくからです。

これが後々睡眠薬依存症、もしくは睡眠薬中毒と呼ばれる状態を作ります。というより私の外来に睡眠薬をもらいに来ている人はこの状態に当てはまっています。

一番の問題は患者さん自身が睡眠薬中毒であることを自覚していないことです。中毒とは得てしてそういうものかもしれません。

冒頭のように「自分は睡眠薬のおかげで眠れている」と思っているので、

いくら睡眠薬常用のせいで血圧が高くなり、肩こりや頭痛、めまいの元になっている事を理路整然と説明したところで、

睡眠薬を有り難がっている限り「でも先生、やっぱり睡眠薬がないと・・・」と逆戻りです。

こうした構造を作る根源となっているものは何なのでしょうか。


先日もまたある睡眠薬依存症の70代女性を見ていたら、次のような言葉が聞かれました。

「血圧は高いですが、睡眠薬のおかげで調子いいです。肩こりはありますね。なんか薬ないですか?」

肩こりも不眠も自分の生活を見直す姿勢は皆無です。しかし自らが睡眠薬を欲している状況です。この状況ははたして主体的だと言えるのでしょうか。

また患者さんはこうも言いました。

「こないだ○○クリニックで糖(尿病)を見てもらったら、先生から『いいですね。この調子でいきましょう』と言われました。」

それではHbA1cはいくつだったのかと尋ねると、「わからない」との御返事です。

このやり取りが加わったところで、この方が主体的である可能性はかなり下がりました。

主体的でないからこそ、自分のデータを把握しておらず、自分の健康管理を完全に人任せにしてしまっているのだと私は思います。

安易に依存性の高い睡眠薬を処方する医者も医者ですが、

この患者さんの問題の本質はやはり「主体的でない」という所にあるように私は思います。


一方で、中毒を形成した時、主体的医療を考える上で複雑な状況が生まれます。

例えばアルコール依存症の人を考えてみます。

アルコール依存症の人は、元はただお酒が飲みたいという主体的な行動から始まっていると思います。

主体的であり続けた結果、はたからみれば明らかに健康を害しアルコールから離れられないアルコール依存症の状態となってしまっているわけです。

そして依存症の状態であってもなお「お酒を飲みたい」と自分の頭で考えて主体的であり続けようとしています。

それなのに結果的に健康とは程遠い状態へと結びついてしまっています。主体的医療そのものが間違っているのでしょうか?

これは最初は主体的であったはずの行動が、いつの間にか受動的にすり替わっているために起こっていると、

言い換えれば物質に理性が操られてしまい、主体的だと思いこまされている状況だと言えるのではないかと思います。

イギリスの哲学者、バートランド・ラッセルは、

バランスの良い趣味を行うための条件として次の4つを挙げています。

①健康であること
②人並みの能力があること
③必需品が買えるだけの収入があること
④妻子への義務を果たせること


おそらく自分が主体的であるかどうかの判断にもこれは応用できるのではないかと思います。

つまりアルコールにしても睡眠薬にしても、いくらそれらが欲しいと自らが望んでも、

健康ではなく、それ以外の方策が取れなくて、生活が脅かされていて、家族の事も考えられていない状況にある場合は、

その行動は主体的だとは言えないのではないでしょうか。

つまり主体的行動とは、ただ単に自分がやりたい事をやり続けることではなく、

もう一人の自分、あるいはおてんとさまの目線で自らを律しつつ、自分の行うべき行動を冷静にとれることが必要なのではないでしょうか。

睡眠薬を自らの意思で欲し続ける患者さんは、

それにより健康が保てていない以上は主体的とは言えないと私は思います。


たがしゅう
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No title

私は医師ではないのですが、たがしゅう先生のブログを読むたびに医師になっていればよかったなあと思うことがたびたび有ります。
でも、今回の記事のような睡眠薬やアルコール依存に陥りセルフネグレクト状態に陥った(と思われる)患者を神経内科医として相対するのは非常にストレスフルであり、私には勤まらないだろうなと思いました。
なので、私が医師になっていたとするのであるのなら、内科医や麻酔科医の良き手足となってなってルーチンワークをこなせる(それはそれでストレスフルでないかと思われますが)外科医が向いてるのかな?と思いました。
こんなこと言ってると、外科医の皆さんから「ふざけるな!」と言われそうですが(^_^;)

Re: No title

名無し さん

コメント頂き有難うございます。

人には向き不向きがありますからね。
私の場合は外科医になるのは、性格的に無理があったと思います。
「私が治す!」というスタンスより、一緒に寄り添うスタンスの方が性に合っています。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
漢方好きの神経内科医です。
南鹿児島さくら病院にいます。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

南鹿児島さくら病院では職員を随時募集中です。
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※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。

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