サイアミディン

前頭葉萎縮からわかること

私は脳を専門とする神経内科医なので、病院で脳画像を診る機会が多いです。

そういう中で一見正常な脳画像だとみなされがちだけど、私が診て異常だと感じるパターンの第一位は前頭葉萎縮です。

前頭葉というのは簡単に言えば理性や計画性など人間を人間たらしめる高次の複雑な働きを担う脳領域です。

その前頭葉が縮んだ状態を「前頭葉萎縮」と言い、機能だけが低下した状態よりも進行して形態的にも縮んで機能を果たせなくなっているより重症の機能低下を意味します。

軽い前頭葉萎縮であれば見過ごされてしまうことも多いわけですが、私に言わせれば軽くても萎縮というステージに進んでいる時点ですでに結構な進行具合だと見てとることができます。

私が提唱する適応・消耗病態別の考えで言えば、第三段階の「不可逆的な消耗疲弊」へと進行している、ということもできます。
さてそんな前頭葉萎縮を高率に観察することができる患者の二大条件は、アルコール多飲と向精神薬過剰です。

それらは単純に私の印象でしかない話ではありますが、実際にその私の印象を支持する研究報告もあるようです。

そう考えるとアルコールと向精神薬に共通する脳を萎縮させる共通の有害因子があるのではないかという発想が生まれると思います。

実際、つい最近まで私はそのように考えていたのですが、ふとあることに気が付き発想が変わりました。

それはある向精神薬過剰の患者さんの脳画像をみていた時のことです。

この患者さんは統合失調症という病名の下、非常にたくさんの向精神薬を長年に渡り飲み続けている方で、

近年次第に向精神薬の副作用として有名な、動きが鈍くなる、足がすくむなどといったパーキンソン病様の症状が進行し、

飲み込みも悪くなって誤嚥性肺炎を起こしたために、その急性期治療後の回復期リハビリのために当院へ転院してきた患者さんでした。

言葉は適切ではないかもしれませんが、まるで廃人のように目や表情への力をなくしたその患者さんをみていると、

この方ははたして、統合失調症だからこのようになったのか、それとも向精神薬の過剰投与により精神が強制抑圧されてしまったのか、という疑問が頭の中を駆け巡ります。

しかしその答えがどちらであろうと、もはや薬なしでの脳機能の統率を図ることは困難であり、

副作用が出ていようともさらなる精神トラブルを避けるために現行処方を続けなければならない歯がゆさを感じながら診ていかざるをえません。

そんなこの患者さんは前述の私の印象の例に漏れず、脳画像をみるとやはり前頭葉が萎縮していました。

それをみて私はふと思いました。

とても理性が保たれているとは思えないこの患者さんの前頭葉が萎縮しているのは、

向精神薬の毒性が脳を萎縮させたのではなく、脳を使わなくさせたことによって萎縮をもたらしたのではないかと。


医学用語で「廃用性萎縮」という言葉があります。

どんな臓器も組織も使わなければ機能が衰えて縮んでいくという現象のことを広くそう呼んでいます。

一番わかりやすいのは筋肉の廃用性萎縮です。骨折をしてベッドで寝たきりで過ごせば、若い人であっても筋肉は1週間で見違えるほどやせてしまいます。

それと全く同じことが脳でも起こり、その結果脳が萎縮しているのではないかという着想です。

そう考えれば、向精神薬過剰とアルコール多飲がともに前頭葉萎縮をもたらす理由も見えてきます。

アルコールはその作用により前頭葉機能を低下させ、私達は酔っぱらうといわゆる羽目を外す行動をとることになりますが、

このように脳を使わせないことによって、脳が廃用性萎縮を起こすことによって、

脳が発達していく歴史の中で最も後からとってつけられた大脳新皮質、特に最も使用頻度の高い前頭葉の機能が衰えて、

その状態が長引くことによって不可逆的な消耗疲弊病態としての「萎縮」という器質的変化を起こすという考え方はどうでしょうか。


認知症の中に前頭側頭型認知症と呼ばれる病型がありますが、これがまた原因不明とされています。

この認知症の症状を一言で言えば、「こども返り」です。

要するに前頭葉が司る理性が萎縮によって果たせなくなるが故に、本能の赴くままのこどものような行動、

例えばルールが守れない、突然怒り出す、礼節が保てない、落ち着きがなくなる、病的に甘いものを欲しがるなどの行動が出やすくなります。

もしもこの認知症の原因がアルコールや薬の影響に限らず、前頭葉機能を使わない状態が長く続くことに起因するのだとすれば、

ただひたすら楽をするとか、他人のことを考えなくなるとか、孤独になるなどの生活環境が前頭側頭型認知症の原因となっている可能性も見えてくるように思います。

もしもこの仮説が正しいのだとすれば、

認知症にならないようにするためにどうすればいいかに関して、

一つの方向性が見えてくるように私は思います。


たがしゅう
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嫌味

老人の「嫌味」ってどうなんでしょうか?
老人で嫌味を言う人も多く、医療従事者なんかをやり込めてしまう人もいますよね?看護師さんに聞いた話ですが、大地主で90歳のご婦人は子供達は皆東大京大を出て官僚と医学部の教授という経歴らしく、そのバックボーンのせいか性格が厳しく医師や看護師に嫌味を言い、息子さんの同級生の院長以外はご婦人が入院してくると戦々恐々としているのだとか。
若い少しぽっちゃりとした看護師さんに「あなた医療の仕事して肥えてると説得力無いわよ」とかバシッと言ってしまうので苦手な職員も多いのだそうです。
この話を他の職に就いてる友人も聞いてたのですが、「分かるわ、年寄りって強烈な嫌味言うよね、うちにくるお偉いさんも80歳超えてるけど孫自慢は良いんだけど、その後嫌味タラタラに繋がるのは思い当たる人は辛いよね」なんて頷いたりしてました。
努力苦労したから他人に厳しい視線を向けるのか、年長者として苦言として物申したくなるのかは分かりませんが老人の「嫌味」これはなんなのでしょうかね。
もうこれは個人の性格なのかもしれませんが。

認知症と知的障害

知的障害者の施設に勤務しておりますが、老人施設から転職してきた人が、認知症と同じだ、と実感をもらしていました。まさしく前頭葉を使えなくなった方々、だからということでしょうか。今日のお話は良くわかりました。MRI所見で必ず前頭葉萎縮が指摘されますから。

Re: 嫌味

ジャスミン さん

 コメント頂き有難うございます。

 嫌味というのは、それを受け取る側も大きく関わってくる現象です。
 御提示の例で言えば、そのご婦人は嫌味とかなしに純粋にそう思って言っている可能性があります。相手への配慮が足りないと言えばそれまでですが、ともかくある発言を嫌味だと感じてしまうのは相手より受け手の受け止め方次第ということになると思います。
 一方で意図的に嫌味を言い続ける人もいますが、そういう人は自己中心的な性格傾向を持つ人です。相手をおとしめることで自分が得る快感にひたることで喜びを覚えるタイプの人です。老人だからそうなるという性質の現象ではないと思います。しかしながらそんな意図的な嫌味であったとしても、受け手次第で嫌味は嫌味でなくなるのではないかと私は考えます。

 従って、「嫌味を言う=前頭葉機能低下」とは当てはまらないのではないかと私は思います。

Re: 認知症と知的障害

じぇみんまま さん

 コメント頂き有難うございます。

 生まれつき前頭葉が使えないという先天的な要因は仕方がないとしても、環境要因によって前頭葉萎縮へとつながるパターンは何か原因がないか考える視点も大切であるように私は思います。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
漢方好きの神経内科医です。
南鹿児島さくら病院にいます。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

南鹿児島さくら病院では職員を随時募集中です。
詳しくはホームページhttp://www.nissyoukai.or.jp/
を御覧になって下さい。
見学申し込みもお気軽にどうぞ。

※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。

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