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サイアミディン

食の重要性を初期化する

山口県徳山市で毎月開催されている小川仁志先生の哲学カフェ

スケジュールの都合がついたので久しぶりに参加して参りました。

いつも様々な気づきを与えてくれる哲学カフェで今回もあっという間の1時間でしたが、

アウトプットしておかないとせっかく熟考したことが流れてしまうので、記憶の新しいうちに今回の感想を書き記しておきたいと思います。

今回の哲学カフェのテーマは「食べる」についてでした。
まず本題に入る前に、主催の小川仁志先生が、

実はこのテーマを選ぶにあたって、私もよく交流させて頂いている糖質制限仲間のドクターに勧められたのを機に、

なんと糖質制限を実践され、7kgの減量に成功されたという話を聞きました。

糖質制限の話をして素直に受け入れて実行に移される人は私の経験上、1〜2割くらいしかいませんので、

やはり小川先生が常識にとらわれない柔軟な思考を持っておられたということに私は嬉しくなりました。


さて、テーマの「食べる」についてですが、

食べるということの目的がまず生命維持にあるということにはおそらくほとんどの人が異論はないでしょうけれど、

仮にもし食べなくても生命が維持できるとしたら、それでもあなたは食べますか、という質問から哲学カフェはスタートしました。

この質問を通じて、自分の中で食べるという行為が人生の中でどれくらいのウエイトを占めているかということをうかがい知ることができます。

流石の司会進行ぶりです。もし私が今回の司会をしていたら「皆さんにとって食べるとはどういうことですか?」と投げかけてしまっていたかもしれません。

最初の問いかけをどうするかによって考えやすさは大分変わってくるものですね。

実際今回の参加者の中ではこの質問に対して、「食べなくてもよい」が3割くらい、「それでも食べる」は7割くらいの印象でした。

ちなみに私の返答は「食べなくてもよい」の方でしたが、小川先生はさらに「あなたにとって食べることはどれくらい重要か、自分の表現で答えて下さい」と投げかけられました。

寝ることの次に食べることは大事だという表現をする人、50%くらいの重要性を占めていると表現する人、いろんな方がおられましたが、

私はこの質問にたいそう悩んだ結果、「自分にとっての食べるの本来の重要性は20%くらいだと思う」と答えました。

ただし、ここで「本来の」と表現したのは、「動物の本能としての」という意味合いです。

動物の中でヒトのみが言語を生み出し、思考を深め、やがて文化的価値観を形成していく過程の中で、

食にまつわる環境は時代とともに大きく様変わりして、農耕・牧畜・流通などの技術の発達によって飽食の社会へと変化してきたことによって、

本来20%であった重要性が30%、40%、あるいは70%、人によっては90%というように歪められてしまっているのではないかと私は思いました。

そうやって人間社会が形成されていくことによって、ヒトの中では食べることに生命維持以外の目的が生まれるようになってきました。

例えば、楽しみ、修行、パフォーマンスの向上、他者とのコミュニケーション、そして人間性の形成です。

そのような人間界ならではの食べる目的は、人間が社会を作り出したことで生み出されたと思うわけですが、

それ自体は自然なことで文化的価値観が形成されていくこと自体は悪いことでもありませんし、避けられることでもありません。

そもそも社会を形成する原動力となった「言語」自体も、自然界に存在する無数の音が集まり、言語音→音素→言語と構造化していって出来てきたものと言われています。

文化的価値観についても、言語→概念→集団的価値観→文化的価値観へと構造化していったものと考えれば、これが形成されること自体は自然の摂理です。

ところが食にまつわっては、他者の食に対して相手を許容することが出来ず、

しばしば攻撃的になったり、一悶着あったり、場合によっては宗教戦争に発展するように、不寛容性がやたらと目立つのも事実です。

食文化が形成されるこた自体は自然なことなのに、そんな風に相手の食を許さなかったり、あるいは受け入れられなかったりするのはどうしてなのでしょうか。

私は糖質制限のことをよく知っているので、この辺りのからくりについては一部わかる気がしています。

それは何と言っても、社会が飽食化したことによって生み出された食がもたらす「快楽」の部分が大きいと思います。

特に大量糖質によってもたらされる血糖値の上昇、それに続く神経伝達物質ドーパミンの分泌による報酬系の刺激による快楽、

及びそれを繰り返すことによって起こる中毒性の形成です。

これが食の重要性を理屈抜きに20%から90%へと引き上げている大きな要因ではないかと考える次第です。

糖質制限をすると過剰な食欲が抑えられます。精神面も安定します。

そして少なくとも私は違う食事をしている人達に対して寛容になることができます。

それは食に対する執拗なこだわりを持たないということでもあり、

糖質制限の実践は食の重要性への認識を初期化する作業に他ならないのではないかと私は思います。

逆に言えば、食に対して他者に対して攻撃的になってしまう理由はとても人為的かつ表面的な要因にあって、

食に対する意識を上手に初期化すれば、たちどころに消えてしまう感情なのではないかとも思います。

でも中には糖質制限していても攻撃性の残る人はいますし、

初期化しようにも文化的価値観に邪魔されるケースも多々あるので、ことはそう単純ではないかもしれません。


実は小川先生は食べるをテーマにもう一つ重要な問いかけをなさったのですが、

長くなるので次回の記事に回させて頂きます。


たがしゅう
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プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
漢方好きの神経内科医です。
南鹿児島さくら病院にいます。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

南鹿児島さくら病院では職員を随時募集中です。
詳しくはホームページhttp://www.nissyoukai.or.jp/
を御覧になって下さい。
見学申し込みもお気軽にどうぞ。

※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。

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