サイアミディン

不安は怪物

ヒトの身体の変化には元に戻せる可逆的変化と,

元に戻せない不可逆的変化とがあります.

糖質制限の開始は早ければ早いほどよいと言いますが.

それは不可逆的変化が起こらないうちに実践することによって,トラブルを可逆的に元に戻すことが可能だからです.

しかし,そのタイミングが遅れれば,糖質制限をしても元に戻らない不可逆的な変化が身体に残り,

それがいわゆる「負の遺産」として蓄積します.

負の遺産というと,神経障害や網膜症,腎症などの合併症のことをイメージしがちですが,

精神面においても負の遺産というものは起こりえると思います.
ある70歳代のやせ型女性がふらつきを主訴に私のところを受診されました.

この方,不安が非常に目立つ方で,「脳が心配だ」という事をしきりに訴えられます.

しかし神経の診察では,特別問題は見当たりません.また歩いてもらっても別にふらついているようにも見えません.

それでも本人は「ふらつく」と言い続けます.

ところで,不安というのは脳が作り出した感情の一つです.

こうした脳で作られる感情にはセロトニンやドーパミン,ノルアドレナリンなどの神経伝達物質が関わっていることが知られています.

不安障害や,パニック障害などの不安が主症状の精神疾患の治療薬に,SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が使われることや,

抗不安薬や睡眠薬として使われるベンゾジアゼピン系の薬は,γ-アミノ酪酸(GABA)という抑制性の神経伝達物質の作用を高める薬です.

特に不安を制御するのに関わっている神経伝達物質はセロトニンです.

私はこの患者さんへ脳MRIで特に異常がない事を確認した上で,セロトニン系を賦活させる働きがある糖質制限/ケトン食を指導しました.



数か月後,再診された患者さんは,きちんと糖質制限を実践されて来ました.

血液検査でケトーシスを確認する事ができたので,まず間違いなくきちんと実践できているものと思われます.

ところが,この患者さん「ふらつきは一向によくならない」といって不安を表出し続けます.

それどころか,この食事療法を続ける事が辛くてしようがない,というのです.

普通糖質制限を実践する人の多くが,食後に眠くないとか,体が軽くなったとかの軽いレベルの変化も含めて,何らかのよい変化を身体に感じるものですが,

この患者さんに至っては,そういう事も全くないといいます.

やむを得ずこの患者さんに対しては,食事は自由にするように言い,その後漢方療法などを駆使して症状の改善を試みましたが,

何をやっても改善させる事ができません….



私にはこの患者さんの不安は,一種の負の遺産のように思えます.

不安という感情が一時的なものでなく.常に存在する制御できない感情となった時,

この不安は非常に厄介なものとなります.

おそらくこの患者さんは糖質制限をする事で何らかの身体の改善効果はあったはずです.

しかし,不安があるがゆえに,この方はその改善に目を向けることができず,少しでも残るふらつきの事ばかりを考えてしまい,さらに不安を増幅させてしまうのです.

同様の患者さんは他にもいるのですが,不安が前景に立つようになった人に糖質制限の指導はうまくいきません.

こうなると制御できなくなった不安はヒトの脳が作り出した虚構の怪物です.

この怪物がひとたび棲みつけば,どんな治療をしても効果がありません.

結局私にはこの患者さんの症状をよくすることができませんでした.

こういう形で糖質制限が間に合わなくなるという事もあるのかと考えさせられる経験でした.


たがしゅう
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「負の感情」はすべてに影響する

くしくも、川本先生という方が、「不安」が膠原病治療に及ぼす影響についてブログに書いておられます。
http://hukujin.exblog.jp/
ご参考まで。

不安や心配(あと、たぶん「怒り」などの)ネガティブな感情が健康に与えるダメージは、私たちが考えるよりもずっと甚大のようです。

Re: 「負の感情」はすべてに影響する

Jo さん

 情報を頂き有難うございます.
 
 疾患の難病化に不安がある事を注目されている先生が他にもいらっしゃるのですね.心強いです.

 不安は人生を生きていく上で避けられない感情ですが,一度不安という怪物に棲みつかれてしまうと,もはやあらゆる治療は無効になります(改善に目が向かない,薬を使えば全て副作用だと考える,など).この怪物に憑りつかれる前にうまく対処できるようにしていきたいものですね.
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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