サイアミディン

昔の人ははたして健康だったのか

糖質制限を批判する論法の一つに,

「昔の人は米をしっかり食べていたのに,肥満や糖尿病は少なかった」

というものがあります.

そして,昔の人の具体的な食生活を示すために,

作家宮沢賢治氏の作品「雨ニモ負ケズ」の次の一節がよく紹介されます.

 「一日に玄米四合と味噌と少しの野菜を食べ・・・」

この食生活で肥満はなかったのだから,

糖質制限しなくても健康でいられた証拠ではないか,というのが糖質制限否定派の論調です.

それに対しては一つは,現代と明治~昭和時代とでは運動量が全く違うという点で反論ができますが,

本日はこの話にもう少し深く踏み込んでみたいと思います.
まず,宮沢賢治氏は1896年8月27日(明治29年)に生まれていますが,

1933年9月21日(昭和8年)に急性肺炎により享年37歳で亡くなられています.

一方,この時代の平均寿命を調べてみますと,

明治24年(1891)− 31年  男42.8歳 女44.3歳
明治32年−36年  男43.97歳 女44.85歳
明治42年−大正2年  男44.25歳 女44.73歳
大正10年−大正14年  男42.06歳 女43.20歳
大正15年−昭和 5年  男44.82歳 女46.54歳
昭和10年−11年  男46.92歳  女49.63歳
昭和22年  男50.06歳  女53.96歳
[資料]厚生省「簡易生命表」「完全生命表」より


こうしてみると,宮沢賢治氏の生きた時代の平均寿命は,

概ね40代前半といったところであり,

宮沢賢治氏は当時の平均に比べてやや短命であったようです.


次に,以下の本でこの時代の人々の肥満度について調べてみました.



肥満の疫学 [単行本]
フランク・B・フー (著), 小林 身哉 (翻訳), 八谷 寛 (翻訳), 小林 邦彦 (翻訳)
補章「日本における肥満の疫学」p446より図補1~4を引用


昔の肥満者


これでみると確かに明治中期から昭和初期の頃というのは,

平均BMIが21.0~22.5といった辺りにあり,それ以降の時代に比べてやせている事がわかります.

これは前述の運動量の多さがこの結果をもたらしている事が理由の一つとして推測されますが,

逆に言えば,これだけのBMIであったにも関わらず今の平均寿命より30歳近く下回るというわけですから,

運動して体重をキープしていても,食後高血糖,高インスリン血症の害はしっかり受けていれば長寿は達成できないということを示している可能性があります.

続いて当時の食生活を別のところから調査してみます.



日本食生活史 (歴史文化セレクション) [単行本]
渡辺 実 (著)


この本によれば,宮沢賢治氏が人生の大半を過ごした明治~大正時代の食生活はこう書かれています.

(p271-272より引用)

【食生活の近代化】

明治維新後,政府は近代国家の完成のために欧米の文化を輸入し,

諸政を一新し,旧来の慣習を打破した新しい世相の現出に努めた.

(イ)当時この現象を俗に文明開化とよんだ.(1)明治4年の散髪令,5年の学制発布,博覧会の開催,国立銀行の創立,太陽暦の嗜好,6年の地租改正などをはじめとして生活の洋風化となり,わが国の食生活の上にも強い影響をあたえ,近代化への道を促進することとなった.

(ロ)西洋料理は(1)明治に入って,すき焼きが流行し,洋酒や西洋料理が普及した.
(2)明治初年は新政策が強行された結果,新旧のものが雑然混沌としていた.当時「近頃のはやりもの」として各種のものがあげられているが,そのうち食糧に関係するものを拾ってみると,「牛肉・豚肉・西洋料理・両国船料理・南京米・糸切飴・弁当屋・汁粉屋・雑煮・馬鈴薯(月岑日記)」などが,ある.このころの食生活の一端を語っている.
(3)明治10年(1877年)の「魯文新報」には「葱を五分切りにして,先づ味噌を投じ,鉄鍋ジャジャ肉片甚だ薄く,少し山椒を投ずれば,臭気を消すに足るといえども,炉火を盛にすれば,焼付の憂を免れず,そこで大安楽で一杯傾け云々」とある.

牛肉食はそのまま文明開化の象徴であると信じられ,これまでに存在していた食品のタブーはなくなり,肉食の禁忌も打破されるに至った.

また(ハ)諸種の食品や料理法が輸入され,それらがしだいに一般家庭におよび,洋風の食事礼法が近代生活の中における必要な知識となった.

(二)洋風食の普及は和食に影響をあたえ,和風食品による洋風調理や洋風食品による和風調理が行われるようになって,日本人の食生活は東西の食風を入れた複雑なものとなった

しかも(ホ)近代医学の発達にともなって,食生活も科学的根拠と合理性にもとづいて調理し摂取する傾向が生まれ,食生活の合理化が考えられ,近代的な発展をみるに至った.

(引用,ここまで)



こうしてみると当時の食生活は,

「雨ニモ負ケズ」の一節とはまた違った印象を帯びてきます.

言うなれば,昔ながらの和食の文化に洋風の文化が取り入れ始められた時期,とも言えるかもしれません.

その中でどの程度洋風文化を取り入れていたかというのは各家庭の経済状況などでも異なっていたことでしょう.



そしてさらに宮沢賢治氏について調べてみると,

どうやら彼はベジタリアン(菜食主義者)であったようなのです.

そうなると,この洋風文化が積極的に入り込んでいた時期に,

昔ながらで玄米を中心とした食事をしていた理由はこういうところにあったかもしれません.

つまり「雨ニモ負ケズ」の一節は,当時の一般的な家庭の食生活を反映していたのではなく,

菜食主義の家庭において,肉などの洋風文化を取り入れようとしなかった一部の家庭の食生活を反映していたにすぎない可能性があると思います.

もっと言えば,宮沢賢治氏がやや短命だった理由も,

糖質という観点に立てば,当時の平均的な家庭に比べて高糖質だった,ということが一つの要因として説明できるかもしれません.

ただ,全体的にも今より平均寿命が30歳近く短かった時代です.この理由は察しがつきます.

最大の理由は感染症が克服できていなかったことだと思います.世界初の抗生物質「ペニシリン」をアレクサンダー・フレミングが発見したのは1929年の事です.

また当時はまだ糖尿病の診断技術が未熟でした.今では一般的になったHbA1cが測れるようになったのは1968年の事です.

従って,糖尿病になる前,あるいはなりかけの時期に感染症に罹患し,

免疫力の落ちた身体で抗生物質なしでは対抗できずそのまま命を落とすという流れとなったこと,

そしてそもそも糖尿病と発見できる技術がなかったという事が,

当時糖尿病が少なかったという事の本当の理由ではないかと思います.


以上をまとめると,

「明治時代の人は,確かに肥満は少なかった.伝統的な和食に洋風文化が取り入れられ始めた時期だったが,その割合は各家庭で様々であった.そして糖尿病が少なかった理由は,平均寿命が現代に比べて総じて30年程短く,医療技術の未発達であったことも関連していたものと思われる」

ということになるでしょうか.



昔の話なので,どうしても推測も入ってしまいますし,

解釈に注意を要するという点は否めませんが,

少なくともこの事をもってして「和食は健康の秘訣」「糖質制限は危険である」と主張するのは

無理があると私は思います.


※今回の記事は以下のサイトを参考に作成しました.

健康オタクの生活習慣病をやっつけろ
自然治癒力向上マップ
「平均寿命の推移」
http://roop119.com/24.html



たがしゅう
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参加ストレス

血糖の乱高下により血管を損傷する。それを修復するためにコレステロールが導引される。かなり大雑把にいうと、このような感じ(?)だと思いますが、その際にどのような過程で参加ストレスが発生するのでしょうか?また、酸化ストレスが発生する要因などがありましたら、ご教示いただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。

Re: 参加ストレス

もうあかん さん

 御質問頂き有難うございます.

> どのような過程で酸化ストレスが発生するのでしょうか?また、酸化ストレスが発生する要因などがありましたら、ご教示いただければ幸いです。

 糖質を摂取し血糖値が上がると、身体に必要な蛋白質が変性(細胞内の非酵素的糖化反応)し、活性酸素が産生するといわれています。また糖化により、活性酸素を除去するSOD(スーパーオキシドディスムターゼ)という酵素も変性し失活し、結果的に活性酸素が増えて、酸化ストレスが増大するというのがメカニズムの一端です。

 そして高血糖は高血糖でも、持続的な高血糖よりも「平均血糖変動幅増大」と「食後高血糖」の方が大きな酸化ストレスリスクとなるということがJAMAの論文で報告されています(Monnier L, et al. Activation of oxidative stress by acute glucose fluctuations compared with sustained chronic hyperglycemia in patients with type 2 diabetes. JAMA. 2006 Apr 12;295(14):1681-7.)。

 そして高血糖が酸化ストレスをきたすより深いメカニズムについては今年の初頭の日本病態栄養学会で勉強してきました.

 2014年2月1日(土)の本ブログ記事
 「酸化ストレスについて学ぶ」
 http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-169.html
 も御参照下さい.

糖尿病は少なかった?

 「昔の人は、糖尿病は少なかった」とは、全くの事実無根です。現代のように糖尿病の検査方法は進んでおらず、有病率の比較は全く無意味です

 昔の検査法が不完全だったことは、戦時中の血液型検査の不正確さで実証済みです

 本人が知らない間に糖尿病を発症し、脳卒中になり、死ぬ前の日ぐらいに自宅に医師に往診してもらったのが当時の世相です

Re: 糖尿病は少なかった?

精神科医師 先生

 コメント頂き有難うございます。

> 「昔の人は、糖尿病は少なかった」とは、全くの事実無根です。

 そうですね。「誰もわからない」という事ですよね。

 御指摘のように、糖尿病だと知る術がなかっただけで、実際には明治時代にも糖尿病の人が多かった可能性も高いと思いますが、こればかりは推測の域を出ません。

 比較できそうなのは、BMIくらいですね。

No title

糖尿病や脳血管障害や悪性腫瘍を引き起こしやすい年齢に達する前に、感染症でバタバタ死んでいることを見落としてます。今ならどうってことない結核や赤痢やインフルエンザは、昔は死病だったんですよ。

Re: No title

 コメント頂き有難うございます。

 易感染性も糖質過剰摂取によって引き起こされうると思います。
 従って感染症で亡くなる人が多かったことは、糖尿病が少なかった事の一因にはなっても、糖質は健康によいという主張の証明にはならないと私は考えます。

平均寿命が短いのは、昔は乳幼児の死亡率が高かったからですよ。現代は医学の発展もあり、乳幼児の死亡率はかなり低下しているので平均寿命は延びているように見えているだけです。きちんと大人になれば、現代人と同じように生きています。それを差し引いて平均寿命が10際ほど伸びているのはこれも医学の発展によります。

Re: タイトルなし

 コメント頂き有難うございます。

> 平均寿命が短いのは、昔は乳幼児の死亡率が高かったからですよ。

 平均寿命に及ぼす乳児死亡率の影響は、実際に計算してみるとそれほど決定的なものではないと私は考察しています。

 2016年10月30日(日)の本ブログ記事
 「乳児死亡率が平均寿命に及ぼす影響」
 http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-765.html
 も御参照下さい。
 
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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