サイアミディン

ビタミンKの意義

私の専門は神経内科ですので,

脳梗塞という病気を診る機会が非常に多くあります.

脳梗塞の原因として非常に重要なものとして「心房細動」という不整脈があります.

心房細動というのは簡単に言うと「不規則に脈を打つ状態」です.

心臓が健康な状態の時は,規則正しく心臓が動く事によって,規則正しく脈を打ち,

心臓や血管にはスムーズに血液が流れ,決して流れがよどむことはありません.

ところが,心房細動によって脈が不規則になった場合は,不規則がゆえに血液の流れによどみができてしまいます.
川の流れに例えるならば,流れの遅いよどんだ所にはへどろがたまると思いますが,

同様に血液の流れのよどんだ所にも「血栓」という血のかたまりができるのです.

そしてこの血栓が,不規則な脈にゆさぶられてある時突然はがれ,血流に乗って脳の血管を詰めると脳梗塞を起こしてしまうというわけです.

このように心房細動が原因で起こるタイプの脳梗塞の事を医学的には「心原性脳塞栓症」と呼びます.

心原性脳塞栓症は,俗に「ノックアウト型脳梗塞」と呼ばれ,血栓がたまたま大きな脳の血管を詰めてしまうと,さっきまで歩いていた人が一気に寝たきりになるという事が起こりうる要注意な病気なんです.

何より厄介なのは,この心房細動だけでは基本的に自覚症状がないという事です.

従って,健診などでたまたま心電図を行って心房細動が見つかった場合には,脳梗塞予防の治療が強く勧められます.

昔は心房細動による脈のバラバラを正常にすれば脳梗塞が起こらないのではないかと考えられ,

心房細動を見つけたら抗不整脈薬という脈を整える薬を積極的に使おうとされていた時代がありましたが,

皮肉な事に抗不整脈薬を使う事で死亡率が増加するという研究結果が後に明らかになったのです.これって何かによく似ていると思いませんか


ともかく今は心房細動を見つけたら,脈の不規則さを抑えるのではなく,不規則な脈によって血栓が作られるのを予防する治療,すなわち血液をサラサラにする治療(抗凝固療法)を行う事が強く推奨されています.

この時によく使われるのがワーファリンという薬です.

このワーファリンは実は血液凝固作用があるビタミンKの働きを邪魔する薬です.このワーファリンが心房細動による脳梗塞の発症を大きく減少させる事は臨床的に実証されています.

一方でこの薬はビタミンKによって邪魔されるので,食事の内容によっては効きが悪くなる事がある薬です.

中でも納豆はあらゆる食品の中で群を抜いてビタミンKの含有量が多いので,ワーファリンとの飲み合わせが悪い事で有名な食べ物です.

他にもビタミンKは納豆以外にもモロヘイヤ,ホウレン草,小松菜など青物野菜にも多く含まれます.

気を付けていないとワーファリンはそうした食物の影響を受けて,いつの間にか効いていなかったりするので,薬の効き具合を適宜血液検査で確認する必要があるのです.

ところが効かないと思って薬の量を増やしたら,実は効かないと思っていた時にたまたまほうれん草を多く食べていただけで,次に受診した時には今度は逆に効き過ぎてしまうという事もよく起こります.

脳梗塞予防の効果は非常に高いのですが,調節が難しいのと効き過ぎると今度は逆に脳出血のリスクを高めるという事も問題で,なかなか諸刃の剣的な薬です.

それでも近年ワーファリンに変わる新規抗凝固薬と呼ばれる薬が新しく市場に出回ってきていたりもするのですが,

今日はその話ではなく,ビタミンKにもう少し踏み込んでみたいと思います.


心房細動は年齢と共に増えてきます.

欧米の研究では,心房細動を起こしやすくする要因として加齢以外には,高血圧,心疾患(虚血性,弁膜症),心不全,多量の飲酒,肥満などが挙げられており,

まさに生活習慣病の一つと言えるのではないでしょうか.

そういう事が背景に起こってきた心房細動にワーファリンが効くという事は,

裏を返せば心房細動が起こるくらい心臓が弱ってくればビタミンKはそんなに必要なくなる.

というよりも元々ビタミンKは食品からそんなに一生懸命とる必要はないのではないかという気がしてきます.

そもそもビタミンKは脂溶性ビタミンの一つで,

食物以外でも腸内細菌が合成する事ができるので,そうそう欠乏症には陥らない事が知られています.

ただしビタミンの吸収や利用ができなくなる肝臓や消化管の疾患がある場合や,

長期の抗生物質使用などで腸内細菌叢が乱れていたりする場合,

あるいはワーファリンを内服している場合などは別です.

ビタミンKは普段は脂質に溶け込んでいて,

健康な状態の時はそれを使用せずにいることで血液サラサラの状態に保っておき,

いざという時,組織が障害されて出血する場合などにすぐに止血ができるよう備えているような気がするのです.

だからビタミンKの基本的な必要量は,身体が健康である限りおそらくぐっと少なくてよく,腸内細菌が作るもので十分であって,

食物から摂るビタミンKはある種保険のようなものなのではないでしょうか.

それは,ビタミンKを摂り過ぎて起こる過剰症が,あまり報告されていないという事からもわかります.

そして母乳にはビタミンKが少ないという事実もあります.

ワーファリンが効くという事実は,

本来のヒトにおいては「ビタミンKはそんなにたくさん必要ではなかった」のではないかという事を,

物語っているように私には思えます.


たがしゅう
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ありふれたビタミン

ビタミンKは体内で合成できるんですね。比較的耳にすることが少ないビタミンですから、あまり知りませんでした。
ビタミンKを含む食品を見てみると、多くのものに含まれているようですから意識して摂取するようなものでもなさそうですね。

また夏井先生のサイトでも盛り上がっていますが、ビタミンCも多くの食品に添加されていて、わざわざ積極的に野菜などから摂取しなくてもいいのではないかというのも非常に興味深いです。

しかし一方でビタミンDも日光から合成できるのに、高齢者で外をあまり出歩かないような人で、さらに粗食をしているような人だと明らかに足りていないような気がします。
骨粗鬆症はじめ、多くの年寄りじみた症状はここから来てるんじゃないかと想像してしまいます。

Re: ありふれたビタミン

mina さん

 コメント頂き有難うございます.

 ビタミンに関する常識も大きく見直す必要がありそうです.

 私はビタミン欠乏の真の原因は,糖質過剰摂取に伴う代謝障害ではないかと考えています.

 逆に言えば,糖質制限がしっかりできていればやたらめったらビタミン欠乏症にならないのではないかとも考えています.今後検証していく必要があると思います.

意義なしで異議ありません。

誰かの考えを真似したわけではないのですけど、
私もビタミンCとかを摂取しないと病気になるとは信じられないんですよね・・・。(酸化防止剤とかも含めて全部)
単なるカンなんですけどね・・・。

改めて実験してもらう訳にはいかないのかと思います。
糖質制限実践者でもダメなのかどうかも含めて・・・。

偉そうなこと言う人には「お前、やって確めたのか!」って言いたいです。

Re: 意義なしで異議ありません。

河豚田 さん

コメント頂き有難うございます。

疑えば自分で確かめる、とても大事な姿勢だと思います。

やってみて初めてわかる事があるからです。これからも自分の頭で考え続けたいと思います。

No title

母乳栄養児に起こりうるビタミンK欠乏症は、頭蓋内出血によって死亡することもあるので、小児科的には大問題です。今は補充するのが当たり前なので、発症自体はまれになっています。すごく昔に読んだ雑誌には、納豆を食べない西日本の方が発生率が高かったと書いてありました。
新生児の多くが生まれたばかりで亡くなっていた時代であれば、問題にされなかったのでしょう。
少ないことやないこと、が、必ずしも、それでいいのだ、ということにはならないのではないでしょうか。

Re: No title

にこ さん

 コメント頂き有難うございます.

> 母乳栄養児に起こりうるビタミンK欠乏症は、頭蓋内出血によって死亡することもあるので、小児科的には大問題です。

 この点に関しては,私は臨床経験が不足しているのであまり断定的な事は言えませんが,

 確かに新生児のビタミンK欠乏に起因する出血性疾患は問題だと思います.しかしおそらく母乳栄養による子が皆が皆そうはなっていないですよね.

 私は基本的に「欠乏症」=「欠乏」+「代謝障害」だと考えています.
 「欠乏」=「よい」ではなく,正確に言えば「代謝障害」がない健康人においては,従来常識からみて欠乏と捉えられるくらいの量でちょうどよい,のではないかと思うわけです.
 逆に言えば,「代謝障害」がある子であれば,「欠乏」が即座に問題になります.ビタミンKに関して言えば,母親がワーファリンを飲んでいる,という状況がその良い例だと思います.

 そして私は,そうした明らかな要因を除いた上で,同じ母乳栄養でもビタミンK欠乏症を起こす子とそうでない子の違いはどこにあるのか,その点に興味があります.

No title

なぜ同じようなレベルであっても、病気になる人とならない人がいるのかは、尽きない疑問ですし、それを追求することが、一歩であるのは確かです。
ただ例えば、運動強度を上げると喘息が起きやすく、オリンピック選手のじつに50%が、運動誘発性喘息を持っているという研究結果を読んだことがありますし、環境が過酷になればなるほど、より脱落者つまり病気になる人が多くなるわけですよね。
新生児は腸内細菌が大人と違い、ビタミンKを作れない、となると、胎児の時にお母さんからもらうビタミンKと、母乳からもらうビタミンKだけでやりくりしなければならない。これはある意味環境要因です。
病気が発症した時は、すでに死亡や重度の後遺症を残す可能性が高ければ、予防するしかないことにならないでしょうか?過剰かもしれないけれどもです。
議論が噛み合わないのは重々承知していますが、生き残れた勝ち組の上から目線を強く感じてしまったので、あえてコメントを書きました。

Re: No title

にこ さん

不快な思いを与えてしまい申し訳ございません。

予防的ビタミンK投与、大いに結構だと思います。私の意見はそれを否定するものではございません。

なぜ母乳にはビタミンKが少ないのか、なぜワーファリンが効くのかということからいろいろと想像を膨らませた次第です。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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