サイアミディン

鉄不足には鉄補充だけじゃない

今日は鉄について深く考えてみます.

鉄は血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンを構成しているミネラルで,

一般的には「酸素を運ぶというヘモグロビンの働きをサポートするもの」として理解されていると思います.

加えて前回,鉄がセロトニンやドーパミンといった神経伝達物質の合成を助ける事を学びましたが,

しかし調べてみると鉄はそれ以上に様々な働きを担っているという事がわかります.

それを知るためには,逆に鉄欠乏になるとどんな事が起こるのかという事を知るのが役に立ちます.

そこで,手持ちの栄養学の大著,ヒューマンニュートリションを紐解いてみることにします.

そこには次のような事が書かれていました.

(以下,p195-196より引用)

【鉄欠乏の有害な影響】

動物における研究は,鉄欠乏が生体内の重要な機能に対していくつかの有害な影響を及ぼす事を示している(Dallman 1986).

鉄欠乏によってラットの身体的な活動能力,とくに持久力が有意に減少する事が示されている.

この有害な影響は,貧血の程度にはあまり関連しておらず筋肉の酸化的代謝の損傷が激しくて乳酸生成の増加が伴う場合に大きくなるようである.

つまり,鉄欠乏による身体能力の低下は,酸化的代謝を律速する鉄含有酵素の欠乏によって生じているといえる(Scrimshaw).

ごく最近発見され,そして十分に確立された鉄欠乏と脳機能との関係は,

鉄欠乏に対する戦略を選択する場合にきわめて重要である(Lozoff et al 1991, Tudim 1998).

脳内のいくつかの組織は,肝臓と同じ程度に鉄を高濃度に含有している.

トランスフェリン受容体が媒介する活発な脳への鉄輸送系が存在する.

ヒトにおいて,脳の鉄含有量は脳が発達する10代の間,常に連続的に増加している.

脳の鉄の約10%は出生のときから存在している.

10歳のときには脳の鉄の含有量は正常な成人の約半分しかなく,20~30歳になってはじめて至適な量に到達する.

成長期に鉄欠乏であったために脳の鉄含有量が低いラットでは,成長後に鉄を供給しても正常な鉄含有量には到達できないという観察は極めて重要である.

このことは,脳細胞への鉄の供給が脳の発達の初期段階において起こり,そして成長初期における鉄欠乏は脳に不可逆的な損傷を与えることを強く示唆している.

いくつかの脳の機能,とくに神経伝達系に関連した機能は鉄欠乏によって有害な影響を受ける事が示唆されている(Youdim 1988).

たとえば,ドーパミン系は脳において重要な役割を有している.

鉄欠乏はドーパミンD2の受容体の感度を低下させ,おそらく受容体の損失を引き起こす.

この現象は,たとえばセロトニンのような生理活性アミン類や,内因性の鎮静ペプチドの分解反応を損なうことに関連している.たとえば以下の発生が示されている.

すなわち,記憶力や理解力の低下,痛みの閾値の上昇,甲状腺刺激ホルモン(TRH)分泌の低下とその結果生じる甲状腺機能と生体の体温維持機能の低下も起こる.

ラットでは,成長初期に自発的運動能力の低下も認められる.

鉄欠乏により生体の日内リズムが逆転することも発見されている.

これらの機能上の変化のいくつかは,鉄を用いた治療により回復するかもしれないが,

たとえば理解能力のようなものには治療の効果がないようである.

鉄欠乏は感染に対する正常な防御系にも悪影響を及ぼす.

T細胞の生成が減少するため,細胞性免疫が損傷を受ける.

これは,その反応に鉄の連続的な供給を必要とするリポヌクレオチドレダクターゼの機能に依存したDNAの合成が低下した結果であろう,

(中略)

いくつかの研究グループによって,幼児や小児を対象にして

たとえば注意力,記憶力,理解力といった行動と鉄欠乏の関係が検討されてきた.

もっとも最近のよく制御された研究では鉄投与の効果はないとされている.この観察は動物における結果とは矛盾している.

治療に抵抗性のある行動力低下の存在と,脳の成長の全期間を通して鉄が蓄積するという事実は,

とくに,妊娠女性,幼児,小児,および思春期や成人前期における鉄欠乏との戦いを効果的に進めるうえで,十分考慮されねばならない.

思春期の少女を対象にした十分に制御された研究は,

貧血を伴わない鉄欠乏が身体的な持久力の低下(Rowland et al 1988)と気分や集中力の変化(Ballin et al 1992)に関連していることを示している.

(引用,ここまで)



非常に有益な情報がちりばめられているので、私なりにまとめてみます.

①鉄欠乏では酸素を用いる酸化的代謝が損傷を受け,嫌気性代謝が亢進する
②貧血がなくても鉄欠乏があると心身ともに影響を与える
③鉄は脳において重要な役割を果たし,鉄欠乏は認知機能低下,疼痛閾値上昇,生体日内リズム障害など重大な悪影響を与える
④必ずしも鉄投与治療に反応しない症状が存在する


酸素を運ぶヘモグロビンが鉄不足によって機能しなくなれば、

細胞は酸素不足に陥り、全身に様々な支障をきたしてくることになります。

酸化的代謝(好気性代謝)とは酸素を用いてミトコンドリアの中で行われるエネルギー産生システムです。

TCAサイクルや電子伝達系と呼ばれるシステムがそれに相当し、効率的にエネルギーを生み出すことができます。

一方の嫌気性代謝はいわゆる解糖系です。こちらは酸化的代謝に比べて、エネルギーの酸性効率が悪く、最終的に乳酸が産生される経路になります。

エネルギーはATPという物質によって生み出されるのですが、

1分子のグルコースからは嫌気性代謝では2分子のATPが生み出されるのに対し、

酸化的代謝では1分子のグルコースから最大38分子のATPが産生されます。その効率たるや雲泥の差ですね。

その、酸化的代謝が鉄欠乏によって損傷を受けるというのです。これでは全身に様々な不調をきたしても不思議ではないです。

事実、鉄欠乏による症状には非常にバリエーションがあります。

例えば不眠、倦怠感、イライラ、神経過敏、不安、うつ、冷え、肩こり、腰痛、頭痛、のどの違和感、風邪をひきやすい、下痢、抜け毛、皮膚乾燥、爪の異常、味覚異常などです。

それが鉄不足のせいでエネルギー産生量が少なくなっているというのであれば納得の幅広さです。

また「ヘモグロビンが足りていても、鉄がなければ機能していないのと同じ、それゆえヘモグロビンがある事は鉄不足がないということの証明にならない」というのも注目ポイントですね。

さらに注目すべきは④ですが、

鉄欠乏によっていろいろな症状が起こってくるのなら、鉄を補充すれば元に戻りそうなものですが、

実際には鉄の補充に反応しない症状が存在しているのです。これは一体どういうことでしょうか。

実はここに現代医学の落とし穴があります。

「要素還元論」という言葉がありまして、これは「複雑な物事でも、それを構成する要素に分解する事ができる」という考え方を意味します。

基本的に西洋医学というのはこの考え方に立脚しています。

つまり解釈を変えれば「この物質が欠落したり過剰になったり事によって、こうした複雑な症状が起こっている」と捉えることになり、

実際に特定の物質を補充したり、特定の物質を阻害したりする西洋薬的薬物治療、栄養療法の発想につながります。

でも実際には鉄不足だけで様々な状態になっているのではありません。実はそれ以外にもいろいろ不足しているのです。

ナイアシンとかビタミンB6とか他のビタミンも同様の代謝に関わりますし、そもそも生体の原材料がなければ症状の改善など話になりません。

だから鉄不足に対しては鉄補充ではなく、「肉を食べよ」になるわけですし、

もっと言えば酸化ストレスによって好気性代謝の場であるミトコンドリアを障害しないように、

酸化ストレスを大幅に減らせる糖質制限をしよう、ということになるわけです。

木ばかりを見ず、森を見ていく必要があるということですね。


たがしゅう
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肉食は長寿?

90歳超えても朝から肉食べてるおばあさんがときどきいますが、信じられないほど元気ですね。
肉じゃなくてもマグロ・カツオ・カジキなんかでもいいかもしれませんね。やはり健康の源は食にありで、クスリでは健康にはなれないのは明白
高齢女性で生来コレステロールが高いだけでスタチンを飲むような無意味で有害な事は今すぐやめましょう。クスリで不健康になっている人のほうが多いのは残念です。







栄養があるものを食べる

糖質制限をしてから今までの自分の食生活を改めて見直してみると、いかに栄養のないものを食べていたのかと感じます。
インスタント麺、白米、パン、菓子類は殆ど糖質補給にしかなってませんからね。
米は様々な栄養素も含まれていて〜という主張もよく聞きますが、その量は微々たるものですし、量はあるのに栄養的にはかなり劣っているものに思えます。
安く美味しくたくさん食べられるという点では優位でしょうが、それは必要ではなく人間の都合と欲求でしょう。
栄養のないものを無為に摂取するのではなく、意識して栄養のあるものを食べよう、というのは当然の考えだと思います。

ところで、最近煮干しがかなり栄養的に優れているのでは?と思っています。
糖質が少ないのは当然として、ビタミンDをはじめカルシウムや鉄などミネラルが含まれていますし、国産で安く手に入ります。おいしいのでオススメです(笑

Re: 肉食は長寿?

アンチスタチン主義 さん

 コメント頂き有難うございます.

> やはり健康の源は食にありで、クスリでは健康にはなれないのは明白

 同感です.

 糖質制限を通じて,その事をより深く知る事ができたように思います.

Re: 栄養があるものを食べる

mina さん

 コメント頂き有難うございます.

 御指摘のように,「食とは賢く向き合うべき」ですね.煮干し,参考になります.

 ところで,このコメントを頂いて,少し思うところがございましたので,後日記事にさせて下さい.
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
漢方好きの神経内科医です。
南鹿児島さくら病院に勤務しています(下段にリンクあり)。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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