エビデンスにこだわりすぎる思考
「食べ物のことはからだに訊け!」を拝読しました。
岩田先生は非常に優秀な先生で、
私も過去に岩田先生の著書を何冊か購読して、大変参考になる内容が多かったですが、
今作に関してはちょっといただけません。読んでいて大変残念な思いがしました。
全体は、糖質制限をはじめ、1日1食、不食などに関する健康本を「トンデモ」本と称して批判的な見解を述べている内容でしたが、
一言で言えば、糖質制限をまともにやっていない医師のエビデンスベースの意見、なのです。
その言葉については基本的には私も賛成ですが、ただし中毒性のあるものとは十分に距離を持って付き合わないと落とし穴にはまることになる、とも思っています。
エビデンスベースの発言で何が悪いのか、医師として当たり前の事ではないかと思われるかもしれませんが、
エビデンスのない先も見据えて考えていかなければならないのが糖質制限の世界です。
あくまでエビデンスベースという立場で、糖質制限を理解しようとすると、
たとえ岩田先生ほど優秀な頭脳を持っていても、次のような見解になってしまうのかと大変残念に思っています。
例えば、糖質制限について岩田先生はご自身の見解を次のように述べています。
(以下、p39より引用)
ぼくは、「糖質制限はしてもしなくてもかまわない。でも、子どものパーティーの時に一緒にケーキを食べられないような、そういうレベルの糖質制限は気の毒だからやめた方がよい」という意見です。
(引用、ここまで)
「糖質制限はしてもしなくても構わない」
その言葉自体はニュートラルなスタンスでよいと聞こえるかもしれません。
確かに自分とさして関わりのない人に対してはそれでいいと思います。私も自分の周りの人に無理に糖質制限を勧めることはしません。
ただし、患者を抱える医師としての立場で、それで本当によいのでしょうか。
岩田先生は実際の患者さんにはどのように指導にあたっているのでしょうか。
(以下、p129-131より引用)
【糖尿病の患者は何を食べればよいのか】
糖尿病発症には運動不足や肥満がリスクになります。
砂糖を摂ると糖尿病になると思っている人は多いですが、砂糖を食べることそのものが糖尿病を増やすというデータは案外ありません。
しかし、GI値が低いほど糖尿病にはなりにくいと言われています(*9)。
GIとはglycemic undexの略で、炭水化物(糖分)を摂取したときの血糖値上昇の度合いです。
砂糖(ブドウ糖)を100としていますが、果物や野菜、豆類、ナッツなどはGI値が低く55以下です。
スイカ、白米、シリアル、ジャガイモなどは70以上と高いです。そういう観点からは砂糖はGI値が高いといえますが、
角砂糖を直接食べる人はいないでしょうから、食品にちょっと含まれたからといって即糖尿病ということにはなりません。
炭水化物の比率と糖尿病の発症には直接の関係がないといわれ(前掲)、
いわゆる糖質制限も糖尿病を「減らす」わけではなさそうです。
ところで、「角砂糖置き換え法」といって、「ご飯一膳、角砂糖14個分」みたいな言い方をして糖質制限を促すやり方があるそうですが、
まさにこれは「脅し」でして、GI値の異なるご飯と角砂糖を同列に扱うのは正しくありません。
こういう脅しをかけながらある食事法を促すのは、ぼくは好きではありません。
シリアルはGI値が高いので糖尿病のリスクと思いきや、
シリアルの繊維は糖尿病予防効果があるというメタ分析もあり(前掲)、食べ物はなかなか一筋縄ではいきません。
また、前掲の論文によるとヘム鉄はむしろ糖尿病を増やすようです。
いわゆる鉄分にはヘム鉄とノンヘム鉄がありますが、プロトポルフィリンⅨと結合したヘム鉄は肉類や魚介類に含まれています。
野菜に含まれる鉄分はノンヘム鉄だそうです(*10)。
藤田氏の「肉を食べろ」という「トンデモ」健康本批判でも述べましたが、肉を食べ過ぎると糖尿病発症のリスクになります。ほどほどに食べましょう。
さて、糖尿病になってしまったあとの食事方法。これはまだまだエビデンスが乏しく、「これ」というものがありません。
すでに紹介したように米国糖尿病学会は患者個々人の事情に合わせてやりましょう、というあいまいな推奨です。
炭水化物、脂質、たんぱく質の比率についても「こうしなさい」という推奨はありません。
その人の食文化や伝統、宗教なども考慮に入れた、多様性を尊重したものになっています。
もっとも肥満は糖尿病のコントロールを悪くするので、食べ過ぎて太るようなことは避けたほうがよいです。
(引用、ここまで)
ここまで読んでみて、はたして岩田先生が糖尿病患者さんにどのように指導しているのか、結局よくわからない部分があります。
全体を通じて岩田先生は「極端でなければ問題ない」という主張をされていますので、
砂糖もシリアルも肉も、極端でなければ別に食べてもよし、ということになるのでしょうか。
そして肥満の人には食べ過ぎないように注意する、とそういうことでしょうか。
ではやせている糖尿病の人に対してはどうするのでしょう。
血糖値を上げると確実にわかっているものを「極端でなければ食べてよし」ということになるのでしょうか。
要するにエビデンスにこだわり過ぎているからそういうあいまいなアドバイスになってしまうのだと思います。
エビデンスから少し離れて今わかっている事実を元に想像力を働かせてみましょう。例えば、
①「砂糖を食べることそのものが糖尿病を増やすというデータは案外ありません」について
データはないかもしれないけど、砂糖は明らかに血糖値を上げるものですよね。
糖尿病の人が砂糖を食べればどうなるか、別にデータがなくても容易に予想ができると思いませんか。
それとも砂糖が糖尿病の発症率を上げないというエビデンスが出るまで慎重姿勢で待つのでしょうか。馬鹿げていますね。
②「GI値の異なるご飯と角砂糖を同列に扱うのは正しくありません」について
「白米茶碗1杯」と「角砂糖14個」は確かにイコールではありません。
しかし、「白米茶碗1杯分に含まれる糖質」=「角砂糖14個分の糖質」は紛れも無く事実です。
GI値はいわば血糖の吸収スピードを反映する数値です。角砂糖ほど急峻ではないにしても、同量の糖質が多少の時間がかかりながらも100%体内に吸収される事には変わりありません。
そうすれば少々GI値が低いところで強烈な血糖上昇をもたらす事は、糖質制限の勉強会でもしばしば目にするところです。
それは脅しではなく、紛れも無い事実です。インパクトある事実であるがゆえに脅威的に伝わってしまう可能性がある事は否めませんが、
でも脅威的に伝わるからと言ってその現実から目を逸らさせるわけにはいかないのです。
③文献の引用について
本文を読めばわかりますが、岩田先生は引用文献のついている健康本を価値の高い本と評しています。
引用文献をつけている事で科学的な信ぴょう性が高まるし、あやしいと思えば読者の手によって検証する事ができるからというのがその理由であるようです。
実際岩田先生も(*9)や(*10)のように文章の中で、引用文献を明示しています。
しかしそうかと思えば、「炭水化物の比率と糖尿病の発症には直接の関係がない」や「シリアルの繊維は糖尿病予防効果があるというメタ分析」に関しては(前掲)とのみ書かれています。
「え?本当?」と思って読み返すのですが、どこの文章の事を指しているのかいまいち探しきれませんでした。
私の読み込み方が悪いだけであれば申し訳ないのですが、そこまで引用文献を重視されるのならばここにも文献を明示してほしかったです。
それに引用文献がないと信頼できないというのであれば、まだエビデンスのない世界の話は到底信用してもらえないという事になるのでしょうか。
夏井先生の本などを読めばわかりますが、夏井先生の場合は既知の事実を巧みに組み合わせて人類にとって糖質はどういうものかについての仮説を提唱されています。
こんなものは引用文献の示しようのない話ですが、私にはおおいに納得できる仮説に感じました。
岩田先生は、エビデンスにこだわるがあまり、自分で自分の世界を狭めてしまっているのではないかと私には思えます。
④「ヘム鉄はむしろ糖尿病を増やす」「肉を食べ過ぎると糖尿病発症のリスクになる」について
岩田先生が重視するエビデンスのある内容ですが、これもよく考えてみてほしいです。
これは「ヘム鉄は糖尿病を増やす」というのは、とある疫学研究で示された結論とのことなのですが
ヘム鉄の何がどうなって糖尿病を増やすというのでしょうか。
この研究は精製穀物と一緒に肉を食べてヘム鉄が多かった群に糖尿病が多かったという内容ですから、
本当にヘム鉄が悪さをして糖尿病が悪化したのかどうかはわからないのです。
エビデンスによってもたらされた事実をなぜそうなるのか説明できなければ、それは真実ではない可能性を残すべきだと思います。
というより、何がどうなって悪さをしたかわからない鉄分より、直接血糖値を上昇させる事が生理学的に明らかな精製穀物の方が悪さをしているのではないかと考える方がよほど妥当ではないかと思います。
このようにエビデンスに軸足を乗せすぎていると、
結局何が何がなんだかわからないという結論になってしまう、だからこその「糖質制限してもしなくてもよい」だと思います。
「エビデンスがないから糖質制限はダメ」という意見よりはマシですが、
そんなスタンスでは今まさに危機に直面している糖尿病患者さんを救う事はできません。
この本に関して反論したい事は他にもまだまだたくさんありますが、
長くなりそうなので、今回はひとまずこの辺にしておこうと思います。
たがしゅう
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