サイアミディン

事実とエビデンスを照らし合わせて考える

糖質制限推進派医師の立場で臨床現場を眺めていると、

スタチンというコレステロールを下げる薬の必要性についても自然と疑問が沸いてきます。

なぜならば高脂質となるはずの糖質制限をする事によって、

多くの場合、脂質プロファイル(中性脂肪、LDLコレステロール、HDLコレステロールのバランス)が改善するからです。

それだけでなく糖質制限を徹底的に実践している人においては、

従来の常識において一見脂質プロファイルが異常と考えられる人においてさえ、

動脈硬化性変化が明らかに改善していくという事を実際に経験するからです。

内因性のコレステロール合成は自然の流れに任せ、外因性(食事性)のコレステロール摂取はむしろ増やすという糖質制限が、

いったいなぜそのような結果をもたらすのでしょうか。
逆に、内因性のコレステロール生成をスタチンで阻害し、食事性のコレステロールを制限するという従来の治療は、はたして本当に妥当なのでしょうか。

従来の治療は「コレステロール動脈硬化原因説」に基づいて方針が立てられています。

ところが、この「コレステロール動脈硬化原因説」はその信頼性が根底から揺らいでいる状況です。

詳しい経緯はこちらの「コレステロール大論争」を御参照頂きたいですが、

ざっとした流れについて述べたいと思います。


もともとこの仮説は1913年ロシアの病理学者アニチコフが、

草食動物のウサギに高コレステロール食を与えてできた動脈硬化にコレステロールがたくさん含まれていたという実験事実を報告した事に端を発しています。

1973年に製薬会社三共の生化学者の遠藤章氏によってカビの代謝物から、世界初のスタチン(HMG-CoA還元酵素阻害剤)が発見され、

その後動物実験やヒト培養細胞での実験が続けられ、1980年代からスタチンは本格的に臨床応用されるようになります。

当時動脈硬化を予防するための明確な方法論が確立しておらず、

定型的にカロリーを控えなさい、運動をしなさい、コレステロールの多いものを控えなさいというような指導をしていても、

思うようにコレステロールが下がらなかった医療現場において

スタチンの華々しい登場は医師、患者ともにかなり大きなインパクトを与えた事が予想されます。

そして1990年代に入りスタチンの効果を実証するための大規模臨床試験が、

スタチンを扱う製薬会社の協力の下、世界中で執り行われ、

スタチンは心血管疾患、脳卒中を予防する、スタチンは死亡率を下げるといった「コレステロール動脈硬化原因仮説」を実証するようなデータが次々と現れ、

スタチンは臨床現場での確固たる位置づけを揺るぎないものとするわけです。

ところが2004年にバイオックス事件という事件が起こります。

これはアメリカの製薬会社メルクが開発した消炎鎮痛剤「バイオックス」が、当時副作用の少ない薬として年商25億ドルという莫大な利益を上げていた状況があったのですが、

後に重大な心血管疾患を引き起こすという事がわかったにも関わらず、利益を惜しんだのか同社は危険性に関する情報を隠蔽し、

結果的に内部告発によって明らかになった公式発表で15~20万人の患者が被害を被る(うち半数が死亡)という大規模な被害を生じたという事件です。

この事件をきっかけに医学会、及び製薬業界では臨床試験の透明性が議論されるようになり、

利益相反行為の深刻さが表立って議論されるようになります。

利益相反行為とは、薬を売りたい製薬会社が、権力を持った医師にお金を出して臨床試験の実施を依頼し、

本来は中立の立場で臨床試験を執り行わなければならないにも関わらず、

自身の研究費を確保する目的で、製薬会社に有利となるように、データを隠蔽したり捏造したりする事によって、

一方には利益(製薬会社)を、他方には不利益(患者)を与えうる行為の事を言います。

そうした中で過去に執り行われたスタチンに関する大規模臨床試験を振り返ってみたところ、

1994年から2007年まで21ある臨床試験のうち、実に20種類に利益相反があることが判明しました。

しかも唯一利益相反のなかった2002年に公表されたALLHAT試験の結果は、「スタチンによって死亡率減少は得られなかった」という結論でした。

要するにこの時期に検証された臨床試験はウソだったかもしれないということです。

スタチンの臨床的効果を示す論文を読む時には、この辺りの歴史的背景を十分に頭に入れておく必要があります。


さて、ここまでを理解したところで、

先日来取り上げている本「食べ物のことはからだに訊け!」の中で、岩田健太郎先生は、

スタチンについて次のような見解を述べておられます。

(以下、p93-94より引用)

高齢者の場合、いわゆる悪玉コレステロール(LDL)が低すぎるとこれもまた死亡率が高まることが示唆されています(*13)。

コレステロールが高すぎても低すぎても死亡率が高まる、いわゆる「Jカーブ」と呼ばれる現象です。

これをうけて「トンデモ」健康本は「だからコレステロールが高くてもよいのだ」という根拠にしたりしますが、

もちろんそういう話ではありません。高すぎても、低すぎてもだめなのです。

要するに、このことは「なんでも極端はだめ」ということを意味しています。

(中略)

コレステロールを下げる薬の代表格は「スタチン」といいます。遠藤章氏が発見したという話はすでにしました。

その効果は、心筋梗塞や脳卒中のリスクが高い人には死亡率を低める効果が示されています。

ただし、リスクの低い人だと薬の副作用のリスクが増します(*14)。

だから、ぼくはスタチンをリスクの高い人には用い、そうでない人には使っていません

薬とは本来「そういうもの」なのだと思います。

(中略)

スタチンががんのリスクを増すという研究はありますが、

そうでないという研究もあります。ここはもめている段階です。

がんのリスクが増すかもという研究(*15)もあれば、がんのリスクを増やさないという研究(*16)もあります。

また、スタチンが胃がんを減らす(*17)とか、肝臓がんを減らすという研究(*18)もあり、スタチンとがんの関係は簡単には分かりません。

この「分からないことが分かる」、というのが大事なのです。

分からないことが分かる。すなわちソクラテスのいう「無知の知」です。真に科学的な態度です。

自分に都合の良い研究データだけ孫引きして、都合の悪いデータは隠蔽したり無視してはいけないんです。

自説に都合の良い研究だけをつまみ食いする科学者医学者は科学的な態度を取れていない、とうことになります。

(引用、ここまで)



岩田先生は中庸の考えを大事にしておられます。

「わからない事はわからないと認める」、それは私のブログの流儀でもありますから、

わからないのにわかったふりをするのはよくない事、それはとてもよく理解できます。

わからないことを認めた結果、岩田先生は「スタチンをリスクの高い人には用い、そうでない人には使わない」というスタンスなわけですが、

一見良さそうなスタンスですが、私の見解はそれとは少し違います。


まず岩田先生が引用されたスタチンに関する論文ですが、

LDLコレステロールが死亡率を高めるとした(*13)は、

Schatz IJ, et al. Cholesterol and all-cause mortality in elderly people from the Honolulu Heart Program: a cohort study. Lancet. 2001 Aug 4;358(9279):351-5.

と利益相反がまだ問題にされていない時代の論文です。

一方、低リスク者でスタチンの副作用リスクを高めるとした(*14)は、

Abramson JD, et al. Should people at low risk of cardiovascular disease take a statin? BMJ. 2013 Oct 22;347:f6123. doi: 10.1136/bmj.f6123.

と比較的新しい年代に報告された論文ですね。

それだけで判断してはいけないとは言うものの、ちょっと「ん?」って思いますよね。

また後半で述べておられるスタチンとがんのリスクを検証した(*15~*18)の論文は、

全てメタアナリシス、すなわち複数の論文をまとめて解析して総合的な結論を導くという手法が用いられています。

例えば、がんのリスクを増やすかもしれないという結論を導き出した(*15)の論文は、

Bonovas S, et al. Statins and cancer risk: a literature-based meta-analysis and meta-regression analysis of 35 randomized controlled trials. J Clin Oncol. 2006 Oct 20;24(30):4808-17. Epub 2006 Sep 25.

原文を見ますと、1966年から2005年の範囲で、医学文献データベースで「HMG-CoA還元酵素阻害剤」「スタチン」などのキーワードで検出された35の論文を取りまとめて結論を出しています。

その中には利益相反のあった大規模臨床試験のデータも多数含まれているわけです(4S, LiPID, WOSCOP, AFCAPS, LIPID, ASCOT, CARDS, 4Dなど)。

一方、スタチンががんのリスクを減らすかもしれないとう結論を導いた(*16)の論文は、

Dale KM, et al. Statins and cancer risk: a meta-analysis. JAMA. 2006 Jan 4;295(1):74-80.

同様に原文を読むと、1975年~2005年の範囲で論文を抽出しているのですが、

さらに3名のレビュアー(評論家)によって、①ランダム化比較試験(RCT)であること、②プラセボとスタチンで比較していること、③1年以上継続している試験であること、④100名以上が登録された試験であること、⑤がんの発生またはがん死亡の発症率が報告されているデータであること、という条件で絞り込み、

26の論文が抽出され、結論を導き出している内容でした。

また利益相反を除いたとは明記されておらず、利益相反があることが判明した論文(4S, ASCOT, CARDS、HPS, PROSPER, LIPID, CARE, WOSCOPなど)も混ざってはいるのですが、

研究資金源(study funding source)の情報も取り入れた、との記載がありました。

正直、論文によって真実を導き出そうと取り組む姿勢に温度差を感じます。それぞれの論文を本当に信じてよいのでしょうか。

それにもし仮に、「スタチンががんを減らす」というのが生理・生化学的に証明される事実だとしたら、

臨床試験の結果にここまでばらつきが生じる事自体がおかしいことではないかと私は思います。

もしそれが確固たる事実であれば、何度やっても同じ結果が出るはずではないでしょうか。


それでも利益相反の問題は「わからない」部分も大きいです。

利益相反関係があるからと言って、その論文が絶対ウソと言い切るのもまた早計です。

では結局岩田先生のように「スタチンをリスクの高い人には用い、そうでない人には使わない」という診療姿勢が一番よいのでしょうか。

ここで、今までにわかっている基礎的事実を駆使して、「スタチンとがん」についてもう少し深く考えてみます。


例えば、コレステロール細胞膜を合成する主成分です。

遺伝子の設計ミスで過剰にコレステロールが産生されてしまう家族性高コレステロール血症の人は別として、

普通の人にスタチンを使ってコレステロールを強制的に減らせば細胞の脆弱性につながりうる事は容易に想像できます。

その事は細胞のがん化という事につながりうる事象ではないでしょうか。

しかもスタチンは内因性コレステロール産生を阻害するので、身体の中で8割を占めるコレステロールを減らす行為ですから、その影響は無視できない大きさがあると思います。

一方、外因性のコレステロールは過剰なインスリン分泌がなければ多少の多寡があっても肝臓で自己調整されるため影響は少ないわけです。

また肥満や糖尿病が、がんのリスクである事も医学的に明らかですが、

有効な減量法でかつ血糖コントロール法である糖質制限なら、肥満や糖尿病によるがんのリスクを直接減らす事ができます。

それから糖質制限を行う際、コレステロールを含む脂質はしっかりと食べているわけですが、

必要最低限の基礎インスリンのみ分泌されている状況なら、たとえ脂質を食べ過ぎても消費されながら血中飽和状態に達し、それ以上脂質過剰になる事はありません。

ここでもコレステロールが原因とする仮説に基づいて「スタチンを使った方ががんリスクを下げる」と論じるには無理が生じる事がわかります。

さらに糖質制限をする事で生じるケトン体に抗酸化作用があるというScienceの基礎論文もあります。

がん発生の根源に酸化ストレスが関与する事も医学における共通認識です。

そしてスタチンはそのケトン体値を下げるという臨床的事実も明らかになってきています。

そのような事実を踏まえれば、スタチンががんにとって悪いと考える方が妥当なのではないでしょうか。


岩田先生はあくまでエビデンスに軸足を載せて物事を判断しておられます。

一方の私はエビデンスは参考にしながらも、そのエビデンスによってもたらされた結論が理論的に妥当かどうかも加味しながら、

「自分の頭で考えて」総合的に判断しています。

たとえエビデンスではどちらかわからなくとも、

わかっている事実を総動員して「自分の頭で考えれば」、

今の時点でもスタチンを使うべきかどうかの見通しは立つと私は思います。


たがしゅう
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プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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