サイアミディン

ケトン体は虚血抵抗性

私の専門とする神経領域でも、

少しずつケトン体の重要性が認識されつつあります。

毎年各専門領域の最新の知見や論文がまとめられた専門誌「Annual Review」、

その神経版においてケトン体に関する情報が盛り込まれておりました。



Annual Review神経〈2015〉 単行本 – 2015/1
鈴木 則宏 (編集), 荒木 信夫 (編集), 宇川 義一 (編集), 祖父江 元 (編集), 川原 信隆 (編集)

高橋愼一(慶応義塾大学医学部神経内科准教授)
Ⅲ.各種疾患 6. 中毒・代謝疾患
1) 神経細胞およびグリア細胞におけるケトン体代謝の重要性


大変興味深い内容でしたが、今回はその中のより印象的だった部分を私なりにまとめてみたいと思います。
まず、基本的な事ですが、「ブドウ糖は脳の唯一のエネルギー源」という巷にはびこる誤解に関して、

ここにはそうではないことが明確に記載されています。

(以下、p197より引用)

成人の脳は、グルコースのみをエネルギー基質として

ミトコンドリアにおける酸化的代謝によってATPを産生し、機能活動を維持していると解釈されている。

しかし、実際は飢餓状態やインスリン抵抗性に伴うグルコース利用制限下ではグルコースに代わって、

KB(ケトン体)がエネルギーの基質になる
こともよく知られている

(引用、ここまで)



糖質制限実践者ならばその事は実感を持って理解できるはずです。

もしも「ブドウ糖は唯一のエネルギー源」と言っている専門家がいれば、その時点で疑ってかかるべきだと私は思います。


さて、脳はグルコースとケトン体の両方をエネルギーとして利用できるという事ですが、

グルコースはGLUT(glucose transporter)というトランスポーター(輸送体)を通じて細胞内に取り込まれ、

解糖系という酸素の要らない代謝システムでピルビン酸に変化し、その後ミトコンドリアの中に入り、

酸素があればピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体(PDHC:pyruvate dehydrogenese complex)によりアセチルCoAに変換され、TCAサイクルでエネルギー基質として利用されます。

一方のケトン体はMCT(monocarboxylase transporter)というトランスポーターで細胞内に入り、

PDHCの作用を受けずにアセチルCoAに変換され、やはりTCAサイクルでエネルギー基質として利用されます。

そしてこのTCAサイクルは、言わば巨大なエネルギー製造工場であり、

このTCAサイクルが使えるかどうかで、生み出されるエネルギーの量が大幅に変わってくるのです。

このように脳においてはグルコースとケトン体のダブルエネルギーシステムで成り立っているのですが、

グルコースとケトン体の双方が共存する状況においては、脳ではグルコースの方が優先的に利用されるという特徴があります。

ちなみに、心筋や骨格筋においては脂肪酸を取り込み、

ここからβ酸化の結果産生されたアセチルCoAをより優先的に利用します。

場所毎でグルコースと脂質から作られるケトン体の利用パターンは異なるため、両者は相補的な関係にあるといわれています(Randle効果)。

それでも脳においてグルコースの方が優先的に使われるというのであれば、メインはグルコース、サブがケトン体というイメージがつくかもしれませんが、

次の文章を読むとそのイメージが変わってくるのではないかと思います。

(以下、p198より引用)

低酸素環境ではミトコンドリアにおける酸化的グルコース代謝が停止するが、

虚血脳では低酸素に秘してグルコース欠乏の程度は相対的に軽く、

またアストログリア細胞内にはグリコーゲンの蓄積があることから、虚血早期には嫌気的解糖系の活性化が亢進し、大量の乳酸が産生される。

再潅流後にミトコンドリアが維持されていれば、蓄積した乳酸を用いてATP産生を再開できる。

虚血負荷においてPDHCはより早期に障害を受けやすく、乳酸、ピルビン酸の利用障害が遷延するため神経細胞は非可逆的性細胞死に陥る。

先に述べたとおり、ケトン体はPDHCによる代謝を受ける必要なくアセチルCoAを産生するため、

こうした条件ではケトン体がエネルギー基質として有効と考えられる。

(引用、ここまで)



少し表現が難しいので私なりに噛み砕いて説明し直しますと、

もしも酸素や血流が不足するような過酷な条件に脳がおかれた場合、

酸素を必要とするPDHCという酵素が失活するため、グルコースからではミトコンドリアで十分なエネルギーが生み出せなくなります。

しかしそんな時でもケトン体ならばPDHCに頼らずにミトコンドリアでエネルギーを生み出す事ができるので、

ミトコンドリアさえ生きていれば相変わらずエネルギーを産生することができるわけです。

つまり、ケトン体は虚血に強いエネルギー源だと言えます。


昨年、今年と日本病態栄養学会において、千葉県の産婦人科医、宗田哲男先生が、

胎児、新生児が高ケトン血症であるという事を明確に証明なさいましたが、

上記の事実を踏まえると、そこにも偉大なる意味があるという事に気がつかされます。

出産というのは、胎児にとってみれば、最も低酸素や虚血にさらされやすい、人生で最初に遭遇する過酷なイベントです。

その出産を乗り越えやすくするために、胎児の頃からケトン体という虚血抵抗性のエネルギー源に身体を慣らすことによって、きたるべき出産イベントに備えている、と。

おそらくその事は生物の進化の歴史の中で育て上げられたシステムなのではないかと私は思います。

長い歴史の中で、時には出産直後に死亡してしまう不幸も数多くあった事でしょう。

そんな不幸を繰り返さないようにすべく構築した生物学的保護機能、それがケトン体のエネルギーシステムなのではないでしょうか。


素晴らしきは生命の神秘です。

私達はケトン体の意義をもう一度考え直すべき時期に来ているのかもしれません。


たがしゅう
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Re: No title

きっこ さん

 コメント頂き有難うございます。

 私は必要最小限の薬しか投与しないスタンスの医師ですが、他の多くの先生はそうではないと思います。薬剤の増量規定というものがあるからです。

 もし薬を増やして何かしらの体調不良が出た場合には、遠慮なく主治医に「元の薬の量に戻してほしい」と言うことです。いろいろ言われるかもしれませんが、どちらが正しいかを考える際には実際に自分の目で見ている事実を元に判断すべきです。

 コウノメソッドというインターネットで公開しているマニュアルが参考になると思います。
 http://www.forest-cl.jp/method_2015/kono_metod_2015.pdf
 非医療者の方に向けてもメッセージを送られているので、一度御覧になる事をおすすめします。

未だ「飢餓状態」ですか!

 こんにちわ。たがしゅう先生。satyです。

 昨日は「豚皮を食べる会in東京」に参加してきました。さすがに50人は多かったです。自己紹介だけで40分くらいかかりました!

 ところで、本日の記事についてですが、
 「実際は飢餓状態やインスリン抵抗性に伴うグルコース利用制限下では・・・(以下略)」
 と、未だに『飢餓状態』という言葉が使われています。

 この文章を書かれた方は、一体どの様なシチュエーションを想定しているのでしょうか?

 私の理解するところでは、糖質制限であれ、断食であれ、本当の飢餓状態であれ、
 『「体内の糖質が少なくなる」とケトン体モードになる』
だけです。

 糖質制限実践者なら、十分に食べた後でもケトン体モードになることは、それこそ誰でも知っています。

 医学誌にもかかわらず、なぜこの様に「テキトー」な表現が使われているのでしょうか?

 これを読む(恐らくはほとんどが)医師の方々は疑問に思わないのでしょうか?不思議でなりません。

No title

入浴の際、湯船に潜ってるんですが最近潜水時間が2倍以上のびました。
息を止めてもあんまり苦しくないんですよね。
これってケトン体のお蔭かしらん。運動は殆どしてないので、肺活量は変わってないはずですから。

全然関係ないですけど、潜水時、裸眼で水中を見るのだけは止めておこうと思います。

「豚皮を食べる会in東京」楽しかったです。二日酔いもなく、食べ放題食べて太ることもなく。

Re: 未だ「飢餓状態」ですか!

saty さん

 コメント頂き有難うございます。

 「豚皮を食べる会in東京」、ご参加お疲れ様でした。私も落ち着いたらまた是非参加したいです。

> 未だに『飢餓状態』という言葉が使われています。
> 私の理解するところでは、糖質制限であれ、断食であれ、本当の飢餓状態であれ、
> 『「体内の糖質が少なくなる」とケトン体モードになる』


 御指摘のように、「飢餓」という言葉は、一般的にはきつい絶食持続状態を意味しますので、

 多少ケトン体に理解のある研究者の中でも、ケトン体は最悪の場合のバックアップシステムというイメージで捉えられている事が多いと思います。

 しかし、糖質制限を学べば、ケトン体はもっと基本的な物質である事がわかります。そこのギャップはまだまだ大きいですね。ただ、それでも「ケトン体=悪」と思っている医療者よりはよほど良いと思います。

Re: No title

ヤシロ さん

 コメント頂き有難うございます。

> 入浴の際、湯船に潜ってるんですが最近潜水時間が2倍以上のびました。
> 息を止めてもあんまり苦しくないんですよね。


 そうなのですか。2倍以上とは誤差とは言い難い差ですね。

 私はもっぱらシャワーなので気がつきませんでした。今度機会があればやってみたいと思います。

 あるいは糖質グループとケトングループで息止めの平均時間を比べるというのも面白いかもしれませんね。

飢餓

ダイバーとケトン

こういった論文もあります

Ketogenic diet for high partial pressure oxygen diving

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25109086

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Re: ダイバーとケトン

精神科医師A 先生

 情報を頂き有難うございます。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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