サイアミディン

エビデンスは思考を制限する

本日は山田悟先生が書かれた「糖質制限の真実」という本で引用された、

「ケトン体は内皮細胞機能を低下させる可能性がある」という以下の論文について、私見を述べたいと思います。

Schwingshackl L, et al. Low-carbohydrate diets impair flow-mediated dilatation: evidence from a systematic review and meta-analysis. Br J Nutr. 2013 Sep 14;110(5):969-70.

まずこの論文、原著を当たればわかりますが、「Letters to the Editor(編集者への手紙)」という形式の短い内容です。

「Letters to the Editor」というのは、すでに出版された論文に対して、意見や反論を述べるための投稿スペースです。

この論文の場合は、先に投稿された「超低炭水化物ケトン食が低脂肪食と比べて長期間の減量効果があった事を示すRCTメタアナリシス論文(Bueno NB, et al. Br J Nutr. 2013.)」に対して、

反論を述べるという形で投稿された2ページの短い論文です。

要旨をまとめると以下のようになります。
・確かに超低炭水化物ケトン食は低脂肪食に比べて、体重、中性脂肪、拡張期血圧を下げ、HDLコレステロールを上げるアウトカム(結果)があるようだ。

・しかしながら、脳血管障害の危険因子であるLDLコレステロールに関しては超低炭水化物ケトン食が有害であることを示しており、おそらくは飽和脂肪酸の増加によるものだ。

・低炭水化物食と低脂肪食がもたらす影響を別の重要な病理学的マーカー、例えば内皮機能障害、で調査する事が必要である。

・そこで我々は内皮細胞機能を反映するFMD(flow mediated dilation; 血流依存性血管拡張反応)を低炭水化物食と低脂肪食とで比較した複数の論文をメタアナリシスした。

・選択論文の条件は、低炭水化物食、低脂肪食、内皮機能に言及された論文の中で「3週間以上の介入期間があるRCT論文であること」「45%未満の低炭水化物食と30%未満の低脂肪食との比較であること」「1回より多く出版されかつ最新の論文データであること」「参加者の年齢が18歳以上であること」「慢性心疾患は除外」とした。

・その結果、FMDの減少(内皮細胞機能低下)が低炭水化物食で有意に認められた。

・最近の5547人の集団の観察研究メタアナリシス論文では、FMDが1%減少すると、将来の心血管疾患イベントを13%増加させると報告されている。

・また能登らが示すように、低炭水化物食は全疾患死亡リスクと関連している可能性がある。

・低炭水化物レジメがFMDに障害をもたらすメカニズムについて今後さらなる研究が必要である。


山田先生は著者の中で、エビデンスレベルというものを重視しており、

高レベルのエビデンスに対しては、同じレベルのエビデンスで反論しないと意味をなさないと主張されています。

そういう意味でRCT論文という最もエビデンスレベルが高い論文のメタアナリシスに対して同様の形式で反論しているこの論文を山田先生は評価しているのだと思います。

ただ「RCT論文のメタアナリシスであれば大丈夫」と盲目的に信用してしまうのは危険な事なのです。

なぜならば、世の中には統計学を使って巧みに嘘をつく人間がいるからです。今回も惑わされずに自分の頭で考えてみましょう。


まずトータルカロリーに対し45%未満の炭水化物とする選定基準に関してですが、

それだけでは必ずしもケトン体が産生されるとは言い切れない基準だと思います。

そこで反論論文のメタアナリシスに使用された6つの論文にも当たり、炭水化物量の設定やケトン体産生の有無について調べてみました。

すると4〜5%の炭水化物比で20〜25g未満と厳格に設定されたものから、37.8%程度の緩めの制限のものまでありました。

またケトン体の値を測定している論文は6つの中に一つもありませんでした。

とは言え、多くの論文では修正アトキンス食に準じて1日の炭水化物摂取量を20g未満に制限している論文が多数派のようでしたので、

たとえケトン体を測定していなくとも、おそらくケトン体は産生されているであろう事を思えば、

「ケトン体が血管内皮機能低下をもたらす可能性がある」という結論には一定の妥当性があるのかもしれません。


ただ問題はFMDという検査の精度です。

そもそも血管内皮というのが注目されている理由についてですが、

血管の内側を覆う正常な血管内皮は、血管の収縮や拡張のみならず、血管平滑筋の調節、凝固と抗凝固、炎症と抗炎症、酸化と抗酸化など様々な生理活性物質の産生制御能を持っています。

それゆえ、血管内皮は脂肪細胞と並んで全身に存在するヒト最大の内分泌器官とも称され、動脈硬化が起こるメカニズムにも深く関係する事で注目されているわけです。

そんな血管内皮の機能をどうやって測るのかといいますと、

まず超音波装置を用いて上腕動脈という血管の径を安静時に測定します。

その後腕をマンシェットと呼ばれる圧迫帯で5分間圧迫し、人為的な阻血状態を作ります。

その阻血状態からマンシェットを緩め、動脈血流を開放します。そうすると一時的に血流が増加し血管内皮にずり応力(shear stress)が増大します。

その刺激で血管内皮からNO(一酸化窒素)をはじめとする血管拡張物質が放出され、血管が拡張します。

この血管拡張具合で血管内皮の働きを推定しようというのがFMDです。

FMD(%)=(最大拡張血管径−安静時血管径)/安静時血管径×100

ところがこのFMD、非侵襲的で利用しやすい一方で、その再現性・特異性が問題視されている検査でもあります。

「循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2013)」には次のように書かれています。

(p17より引用)

FMDは血管径の変化率としてとらえるために、

分母である血管径基礎値が大きければ、たとえ内皮機能が正常であってもFMDは相対的に低く算出される

(中略)

また、血管トーヌスに影響する自律神経機能の影響も念頭に置く必要がある。

一方、検査機器・手技(測定条件、カフの位置、血管径の測定方法、安静時径・最大拡張径の評価方法)の統一がなされていないこともFMD測定値の普遍性(施設間でのばらつき)に影響する。

(引用、ここまで)


要するにFMDが真の血管内皮機能を反応しているかどうかに関しては疑問の余地があるという事です。

そのような根底が揺らぐデータでいくらエビデンスレベルの高い論文を作り上げたところで、

その論文の信頼性は乏しいと評価せざるを得ません。

もっと言えば、「食後血糖値の管理に関するガイドライン(2011)」には「食後高血糖は酸化ストレス,炎症,および内皮機能 不全の原因となる。[レベル2+]」との記載もあります。

高血糖とケトン体高値は、基礎インスリン値が保たれている限り共存しません。高血糖時にはケトン体は低値になり、ケトン体高値の時は血糖値は抑えられています。

だから不確かなFMDのデータで「ケトン体が内皮機能障害をもたらす可能性がある」と言われても説得力を持たないと私は思います。


エビデンスにとらわれ過ぎてていると、往々にして真実を見失うことがあります。

実はエビデンスが無くとも、現実に起こっている事と真摯に向き合えば、すでに答えは出ていたりするのです。

ケトン体産生レベルの糖質制限を行う事によって、

過体重もやせも標準体重に近づき、食後の眠気もなくなり体調が良くなり、

風邪を引きにくくなり、引いても軽症で済むようになり、

血糖値は安定し、精神的にも安定し、アレルギー性疾患も改善傾向となり、

片頭痛も、逆流性食道炎も、尋常性乾癬も、多嚢胞性卵巣症候群も良くなり、

ケトン食に難治性てんかんを抑える多面的な作用があり、ケトン体にミトコンドリア機能改善、抗炎症、神経保護作用が証明されています。

でも「ケトン体が血管内皮機能障害をもたらす可能性がある」?

そんな不自然なエビデンス、私には到底承服できません。


たがしゅう
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非公開コメント

不思議です

たがしゅうさん、こんにちは。

今回の記事で、山田医師の、「極端な糖質制限が血管内皮に与える影響」への懸念と、その根拠になる論文の信ぴょう性(がないこと)についてよく理解できました。
「統計学を使って巧みに嘘をつく人間がいる」ことは山田医師も認めておられるようですしね。

只、もう一点、山田医師のケトアシドーシスについての懸念です。山田医師はケトン体が1,000μmol/lを超えるとケトアシドーシスの危険がでてくると思われているようですが、実際にはたがしゅうさんのように、それよりはるかに高値となっても何の問題もない方もいらっしゃるようですし、少なくとも複数の専門家も「インスリンが出ている限り、血液の緩衝作用によって、pHは正常範囲に調整される」と言われています。
だとすれば、どうして山田医師はそのことをご存知ないのでしょう?
やはり、一型糖尿病の患者さんでケトアシドーシスを経験したことがトラウマになって、必要以上にケトン体を恐れておられるように見えてしまいます。

No title

こんにちは。

今回の記事、素人には難しい内容でついていけませんが、エビデンスが思考停止につながるのは頷けます。

時々、「朝食を食べない生徒の成績が云々」という統計があって、だからしっかりと朝食を食べないといけない、という話が出てきますが、相関関係がただちに因果関係を示すわけではないといういい例ですね。
何らかの信念がないかぎり、一般的には子供が朝食を食べさせない、食べないことを許容する家庭というのはなにか問題があるかもしれない、というところまで考えないといけないですね。

同感です。

山田先生の本、私も読んで、参考文献は取り寄せて読みました。その関連文献まで読むなんて、さすがは真面目なたがしゅう先生!
山田先生推奨の「緩やかな糖質制限食」は「ケトン体を出さない」が売りですから、ケトン体に冷たくせざるを得なかったのでしょうが、あの部分だけはいただけませんよね。
所詮糖尿病の先生か、とちょっとがっかりしました。

Re: 不思議です

あきにゃん さん

 コメント頂き有難うございます。

 私には山田先生の真意はわかりかねますが、
 
 確かに1型糖尿病のケトアシドーシスは命に関わる病態ですから、これを経験していればいくらケトン体が安全だと言われても感覚的になかなか理解し難いというのは正直なところかもしれません。 

 しかしきちんとインスリンが補充されていればケトン体が安全である事はすでに多くの1型糖尿病の糖質制限実践者が実証している所だと思います。その事をわかって頂きたいものですね。

Re: No title

たにぐち さん

 コメント頂き有難うございます。

> 今回の記事、素人には難しい内容でついていけませんが、エビデンスが思考停止につながるのは頷けます。

 難しい話はさておき、大事なメッセージをお伝えする事ができたと思います。

 確かにエビデンスは大事かもしれませんが、それがすべてではないとわきまえるべきだと私は考えています。

 朝食の問題もしかりです。成績が悪いのは朝食を食べないせいだと決めつけるのはエビデンス盲信の姿勢ですが、大事な事はなぜ朝食を食べない状況となっているのか、その背景を考える事だと思います。

 もっと言えば、同じ「朝食を食べない」という現象を取ってみても、糖質主体の食事で朝食を食べていないのと、糖質制限の食事で朝食を食べていないのでは意味する所が全く違います。その違いを区別せずに一緒くたに語るのは根本的に間違っていると私は思います。

Re: 同感です。

ヘルミ 先生

 コメント頂き有難うございます。また過分な御評価を頂き恐縮です。

 山田先生、難しい立場での政治的な判断もあったりするのかもしれませんが、書籍の文章を見る限りでは本当にケトン体を危険視しているようにしか思えません。

 私はケトン体が糖質制限の効果の本質的な部分を担っていると考えています。そこは譲れない所ですね。

No title

たがしゅうさん

エビデンスというのは人間が作ったデータから得られた抽象概念であって、それに従えば絶対に病気が治る、ですとか、経済的合理性がもっとも高いことを保証とかそういう部類のものではありません。要は参考情報、道具の類ですね。
道具に振り増されるのは人間の常で仕方ない部分がありますが、時代遅れになった概念にしがみついてると液晶TVのシャープみたいになるのは時間の問題です。もっともシャープの場合は潰れれば終わりですが、医療の場合は国民全員に等しくダメージがくるわけで困ったものです。

今年も残り少なくなりました、来年もこうして貴重なご意見を拝読できることを楽しみにしています。良いお年を。

Re: No title

SLEEP さん

 コメント頂き有難うございます。

 御指摘のように道具は使い方次第ですね。決して道具に使われてはならないと思います。

 今年も様々なコメントを頂き誠に有難うございました。来年もまた宜しくお願い致します。

ケトン体

今は閉鎖中の釜池豊秋氏のブログにて

山田悟のmissionは

ケトン体ついて分かっていながら、あえてネガティブキャンペーンをしていると思います。

Re: ケトン体

医原病 さん

 コメント頂き有難うございます。

 確かに御指摘のように難しいお立場でうまく舵取りをなさっているのかもしれません。その真意は量りかねます。

 しかし内心がどうであれ、現時点で「ロカボ」としてケトン体という本質を外した中途半端な糖質制限を最善策のように一般向け書籍で広められるというスタンスに対してはちょっとどうかと思います。

 2013年12月29日(日)の本ブログ記事
 「許容と推奨では雲泥の差」
 http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-135.html
 も御参照下さい。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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