サイアミディン

天才は連想上手

立派な学歴や経歴を持つ医師達が糖質制限を批判するのを見るにつけ、

本当の頭の良さとはどういう所にあるのだろかという事を考えさせられます。

世の中を見渡せば、学歴がなくとも「この人は頭がいいなぁ」と思う人に時々出会う事があります。

例えば、当ブログで時々紹介する「100分de名著」という番組の司会、伊集院光さんは私から見てものすごく頭の良い人です。

あの番組は歴史的な名著をそれに詳しい専門家を招いて要点を解説してもらうという内容です。解説される専門家の方々も勿論素晴らしく、難しい文章を丁寧に読み解いて下さるのですが、

伊集院さんはそれをさらに視聴者目線まで落とし込んでくれるというか、大変わかりやすいたとえを多用して自身が理解した内容を確認して下さるのです。
例えば、宮本武蔵の五輪書について解説していた回で、

書の最後にまだわかっていない事との向き合い方を記した「空(くう)の巻」において、

何事にも通じる最も自然で合理的なやり方を会得すれば、おのずといちいち意識せずとも道理に即した行い方ができる、という事を示した「おのづから打、おのづからあたる」という文章の解説の際に、

伊集院さんは一流のプロ野球選手が何度も繰り返し行った練習の末に到達する、いわゆるゾーンに入るという現象を引き合いに出します。以下は伊集院さんがそのまま述べられた表現です。

よくアスリートや、プロ野球選手が、練習に練習を重ねて、もともと一流なのに超一流になろうとして、練習に練習を重ねて、で、勿論その間に迷いやスランプがあったりとか。逆にいろいろと知り過ぎたせいで一度自分のフォームが崩れちゃったりとか、でいろんなことを経て急に、もう理屈なんか無いんだけれども、ある人はボールが止まって見えるって言ったりとか、ある人はものすごいスピードボールに押してある刻印の一つまで見えるようになって、その5㎜下を僕は打てるようになって、みたいなことが急に開けるようになって・・・あれが空(くう)なのかな・・・?

これは「未知の空と呼ばれる領域を知るためには、既知の到達できる領域の事を徹底的に学んでいくより他にない」という真理を、非常にわかりやすい形で自分の言葉でかみ砕いて説明した表現であるように私には感じられました。

またアドラー心理学について解説した回の時には、

本来人間が成長するために大事な糧となる「劣等感」に対して、健全でない劣等感「劣等コンプレックス」について説明されていた場面で、

わかりやすく言えば、ブサイクだから彼女ができない(と自分の中で決めつける)、みたいなことですよね

と誰もがわかる表現に落とし込んで、解説をさらにわかりやすいものに変えていかれるのです。

ここに紹介したものはほんの一部で、伊集院さんは至る所でこのようなわかりやすい比喩表現を用いて自身の理解を説明されています。

伊集院さんの最終学歴は中卒だそうです。つまり伊集院さんのような解釈の上手さは、学校教育や学歴社会の中で培われたものでは決してないということです。

さらに言えば、わからない人の気持ちがわかるからこそ、わかりやすい表現を持ち出す事ができるのではないかとも私は思います。


一方、先日読んだ「天才の病態生理」という本には、次のような興味深い文章が書かれていました。

天才と呼ばれる人達には「共感覚」と呼ばれる感覚が備わっている事は多い、という事を前提にお読み下さい。

(以下、p108より引用)

共感覚は通常、感覚面のみでいわれているが、知的面でも同様の現象は存在するであろう。

ある話を聞いてもすぐにそれと関連したさまざまなことが連想できる人と、そうでない人とがいる。話していて話題が広がる人と、そうでない人とがいる。

冗談は連想の最も単純なものであり、比喩は連想であり、これは共感覚である

すでにアリストテレスは、うまい比喩を考え出すのは、特に偉大な業であるとして、これは他人から学んで達人になれるものではなく、比喩の業は天才であることの証拠である。

なぜなら絶妙な比喩を案出することは、事物に共通の類似した特質を把握することだからであると述べている。

そして、哲学においてまったく相反した事物の中に共通の類似点を把握できるのは、鋭い洞察力であると考えている。

ワーズワスは「連想とは人間精神の最高の能力である」と言い、フッサールも連想の重要性を強調している。連想とは共感覚といってもよかろう。

(中略)

ウイリアム・ジェイムズ(1890)はニュートンがリンゴと月、ダーウィンが自然界の食物獲得競争と人間の淘汰を結び付けた例を挙げ、

 天才とは似たものを関連づける能力が極度に発達していることである。

と述べているのは重要である。

(引用、ここまで)



なるほど、お笑い芸人で名前を売っている人に頭が良いと思う人が多いのにはそういう理由があったのかもしれないと私は感じました。

つまり、物事の本質的な共通点を見抜く事ができるからこそ、同じ本質を持つ別な出来事で「たとえる」事ができるわけです。

たとえツッコミとかが面白いのもそういう理由であり、それができる方は共通原理を見出すのが上手だという事なのでしょう。


そう言えば、糖質制限と湿潤療法も「有害なものを取り除く」という共通する治療原理があります。

前者では糖質、後者では消毒・ガーゼです。そういう共通性に気が付けば、両者が結びつくのはある意味必然であったようにも思います。

それはまるで、内気な小学生二人がお互い転校した事があるという事がわかって苦労話で意気投合して仲良くなったようなものですね。

うーむ、うまくたとえられたかな・・・?


たがしゅう
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プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
漢方好きの神経内科医です。
南鹿児島さくら病院に勤務しています(下段にリンクあり)。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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