サイアミディン

エストロゲンは生命維持ホルモン

言葉というのは便利ですが、一方で偏ったイメージをもたらします。

例えば「悪玉」とか「善玉」という言葉です。コレステロールにまつわってはこれらの言葉が長年医療界を席巻し、

スタチンを中心に受けなくても良い治療を患者に受けさせ続けた影の原動力であったように私は思います。

しかも発した本人の意図しないことまで及んでしまう事さえ時にはあります。「言葉は魔物」とか「言霊(ことだま)」という表現が生まれるのもわかる気がします。

そんな中、もう一つ強固なイメージづけをされている言葉がありました。「女性ホルモン」という言葉です。

先日夏井先生のサイトで「エストロゲンは本来、女性ホルモンではなかった」という投稿とともにダウンロードできる資料があったので読んでみました。

第68回日本産婦人科学会のランチョンセミナーの一つで行われた「エストロゲンと進化―38憶年の旅―」と題された講演だったようですが、

昼ごはんを食べながら聞くような話としては大変もったいない非常に興味深い内容でした。
女性ホルモンとして知られるエストロゲンは、乳腺の増殖や卵巣での排卵制御などの生殖に関する機能だけではなく、

脂質代謝制御、インスリン作用、血液凝固作用、中枢神経(意識)女性化、皮膚薄化、LDLの減少とVLDL・HDLの増加による動脈硬化抑制など様々な働きを持つ事がわかっており、

しかも卵巣や子宮などの生殖器だけではなく、血管や肝臓、脳や骨など全身の様々な臓器に包括的に作用する特徴を持っています。

加えてエストロゲンの重要性は女性に留まらず、男性においても必要不可欠な存在です。

男性ホルモンであるテストステロンにアロマターゼという酵素が働くことによってエストロゲンに変換される流れがあり、そのアロマターゼは女性の卵巣に多い事が知られています。

しかし男性においても脂肪細胞を中心にアロマターゼが存在しているのですが、

興味深いことに、そのアロマターゼが先天的に欠損している男性では、正常では成長が止まるはずの思春期以降に、骨端線は閉鎖せずに身長が伸び続け、高度の骨粗鬆症をきたします。

このような事実から女性ホルモンと呼ばれるエストロゲンは、女性のみならず、生殖器のみならず、男性にも全身臓器にも幅広く大切な役割を果たしているという事がわかります。

そしてこの上述の資料を読み解いていきますと、エストロゲンの由来にまで考察が加えられていて大変興味深いです。

詳しい内容に興味がある方は資料をお読み頂くとして、私なりの理解で要約してみたいと思います。


まず約38億年前に確認できる最古の生命体が生まれ、その後薬物の代謝や解毒に関わるチトクロームP450sと呼ばれるタンパク質の祖先が生まれます。

そして様々な基質をただ代謝し別の物質へと変換する作業をひたすら繰り返してきたチトクロームP450sの祖先は約5億年前にコレステロールという物質と出会います。

チトクロームP450sの役割は単細胞生物にある3層構造の細胞膜の内側に汚れのたまりやすい疎水性(親油性)領域が存在しており、その疎水性領域にたまった異物を水に溶けやすい新水性物質に変換して細胞外へ排泄するという役割を持っていました。

その時、疎水性のコレステロールがチトクロームP450sの祖先に代謝されてできた物質がエストロゲンでした。

始原のエストロゲンはまだ何の役割も持っていないものでしたが、幸運にもエストロゲンはエストロゲン受容体を持つ細胞のDNAに結合でき、遺伝子の転写を促進できる資質を持っていました。

その際様々な遺伝子をONにしていった可能性がありますが、その中で生存に有利に働く細胞増殖に関わる遺伝子をONにするものを中心に自然淘汰で生き残ってきたと考えられています。従って当初のエストロゲンは性とは何の関係もなく、ただの細胞増殖シグナルであったという事です。


その後、始原の生命体はただ単純に細胞分裂して増殖するだけのものから、細胞を分けて機能を細胞毎に分担する多細胞生物へと進化していきます。

ある細胞は増殖を専門に行う生殖細胞に、またあるものは栄養を摂ることに特化した消化管細胞に、それぞれ機能を特化させるように進化していきます。

この際栄養を取り込む消化管細胞と増殖専門の生殖細胞が分かれてしまったため、生殖細胞は自前で栄養を手に入れなければならない状況におかれました。しかし栄養を取り込む能力は消化管細胞の方に譲られ自分では栄養を取り込むことができません。

そのような状況を受け生殖細胞には卵黄という栄養の備蓄物が備えられるようになり、エストロゲンはこの栄養の備蓄を作り卵細胞を巨大化させる新たな役割を担うようになりました

そしてさらに重要な事は、エストロゲン単独では性分化はできていなかったということです。

男性と女性、オスとメスが分かれたのは同時並行で進化してきた男性ホルモンであるアンドロゲンの受容体が生まれた事がきっかけでした。

アンドロゲンは進化の歴史上はエストロゲンの後輩に当たりますが、多細胞の機能分化の過程で生きる能力を捨ててただDNAを伝える能力に特化した運動能力に長けた精子と呼ばれる細胞を作り出しました。

全く動けない卵子と動きまくれる精子との組み合わせの方が、中くらいに動ける2つの配偶子が出会う確率よりも高くなるメリットがあるそうです。これが性分化の起源でした。

性分化のシステムが始まった当初、重要な役割を果たしていたのが前述のアロマターゼです。

アロマターゼが働かなければテストステロンが蓄積してオスになり、アロマターゼが働けばテストステロンがエストロゲンへ変換されてメスになるという単純なシステムでした。

ところがアロマターゼの活性は温度などによって左右されるため、当初は環境によってオスになるかメスになるかが変わってくシステムでした。今でも魚類や両生類、爬虫類の一部ではこのシステムが残っていますが、これだと気候変動によっては全滅しかねない生存には比較的不利な不安定システムです。

そこでさらに生命は進化し、多くの鳥類では遺伝子にアロマターゼが発現するかどうかを組み込み、卵巣や精巣といった性腺にアロマターゼ活性の有無を決定する因子を不可逆的に組み込み、環境が変化しても性が転換しないより安定なシステムを作り出しました。

加えて、エストロゲンは水中から陸上へと生物が上陸する際に重力や乾燥に抵抗する力を持たせるため、

骨形成のバランスをとる作用や保水能を保つためにカルシウムを利用する働きまでをも担うようになってきました

そして約2億年前になって、女性ホルモンのイメージとして強い生殖に関わる機能の片鱗がようやく見え始めました。

約2億年前といえば、まだ大型の恐竜が闊歩していた時代です。そのような状況では卵を産むようなシステムではすぐに食べられてしまい生存には不利なシステムでした。

そこで大型の恐竜から逃げつつ、かつこどもを育てられるように哺乳と胎生というシステムが生み出されたわけです。


こうしてみていくと、エストロゲンの生殖機能に対する役割は進化の歴史の中で最も後にくっつけられた作用で、

大元は細胞増殖、栄養蓄積、骨形成・安定化といった生き抜くためにより根本的かつ重要な能力の方が先にありました。その意味でエストロゲンは女性ホルモンというよりも生命維持ホルモンといった方が近いニュアンスになるのではないかと私は思いました。

そう考えると女性の方が男性よりも長生きである理由、女性に甘いもの好きが多い理由、閉経後に女性が骨粗鬆症になりやすい理由などがすべてつながってくるようにも思えます。コレステロールの重要性も改めて再確認できました。

そして性分化に関わるのはエストロゲンではなく、アロマターゼだという事もわかりました。ちなみにアロマターゼが遺伝子に組み込まれるようになったのは約3000万年前の事だったそうです。

とはいえ、「生命維持ホルモン」と名付けたとしても、これもまた一定のイメージづけを与える言葉になってしまいます。

言葉はあくまで言葉として参考にとどめ、言葉のせいで本質を見失わないようにありのままを理解していくようにしたいものです。

ちょっと難しかったですが、大変勉強になる資料でした。


たがしゅう
関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

進化論は本当なのでしょうか?

科学の世界では、進化論は証明された真理のように扱われ、教えられていますが、果たして、進化論は本当なのでしょうか?
人と猿をつなぐはずのミッシングリンクが見つからないと言われているのは不可解です。
突然変異が進化させるのならば、多発している癌細胞の遺伝子変異は、人類を速やかに進化させるはずですが、現実には、癌患者

の方は亡くなる方が非常に多いのが現実です。
癌患者から超人類が誕生したと言う話しはまだありません。
夏井先生の言われるように、常識とされているものを疑いの目で見る必要があると思っていますので、私の目には科学界の宗教的

なドグマのように見えてならない進化論を疑いの目で見て、信じないようにしています。
かと言って、「神の摂理」により作られたという宗教的な信仰に走る気にもなれません。
今の科学は未発達で、真相の解明はまだできていないので、進化論という結論を出すにはまだ早すぎると思っているだけです。
しかし、多様な生物を生み出す自然の神秘的な力には驚かされます。
この神秘的な力を我々人類が解明する日はまだ先のように思っています。
あせって結論を出す必要はないのではないでしょうか?

Re: 進化論は本当なのでしょうか?

広島人 さん

 コメント頂き有難うございます。

 何事も疑う姿勢は大事ですので、御指摘の視点も重要な事と思います。
 ただ、突然変異があれば何でも進化をきたすというわけでもないのではないかとも私は思います。

 ダーウィンが明らかにした、生存に有利な進化のみが結果的に生き残る「自然淘汰説」とオスどうしの競争とメスの選り好みに打ち勝つ形質が生き残る「性淘汰説」にはそれなりの説得力があります。

 2016年11月28日(月)の本ブログ記事
 「生存には関係しない進化」
 http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-794.html
 も御参照下さい。

 そしてドーパミン神経系を駆動して快楽に関わる糖質摂取にまつわって起こる現象には動物が適応するのは難しいのではないかという考えも持っています。

 2016年10月29日(土)の本ブログ記事
 「ヒトは楽な環境には適応しない」
 http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-764.html

 とはいえ、そうした御指摘も一概に否定せず、結論を急がず、フレキシブルに考え続けていきたいと思います。

No title

広島人さま

ご指摘の人と猿のミッシングリンクについてはここ数十年の研究で相当なことがわかってきています。アフリカにおけるいわゆるイーストサイドストーリーなどの現在の主流理論においてはチンパンジーとの共通祖先が昼間のステップでスカベンジャーとしてニッチ環境に適応したのが我々の先祖のようです。

Re: No title

SLEEP さん

コメント頂き有難うございます。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
これまでの訪問者数
FC2アフィリエイト
メールフォーム
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR