サイアミディン

あるはずのものがないときにきづくこと

電車の中でみんなスマホばかり見ている」という話を取り上げた時に、

ブログ読者のやまたつ さんから「自分の通勤風景でも、8割がスマホの画面とにらめっこ」とのコメントを頂きました。

8割という数字を見ると、ついつい「2:8の法則(2:6:2の法則)」の事を考えてしまいます。

そういえば、以前紹介した映画プロデューサーの川村元気さんが、こんな事をおっしゃっていました。

ある日電車に乗り込んで家にスマホを忘れた事に気付いた川村さんは、電車の中でする事もなかったので外の風景をただ眺めていました。

すると途中で車窓から綺麗な虹がかかっている光景を目にしました。

「東京でもこんな綺麗な虹が見られることがあるんだなぁ」と感動していた川村さんがパッと電車の車内を振り返ると、

ほとんどの人がスマホを見ていてその虹に気づいていなかったのだそうです。

この話はいろいろな気づきを与えてくれているように私には思えます。
一つは8割の集団がいかに世の中の流れに流されやすいか、という事です。

目の前に素晴らしいものがあっても8割の人は常識や大勢のようなものが邪魔をしてその存在に気付けないと一般化する事ができて、

糖質制限指導をしていても受け入れられるのはせいぜい2割という私の感覚にも通じるところがあります。

一方で川村さん自身、もしもスマホを家に忘れてこなかったら、虹に気付いていなかったかもしれないと、

あるはずのものがない時に気が付くものがあるという事を指摘しておられました。

すごいのは川村さんの場合、ここで話が終わりませんでした。

なんとこの事にヒントを得て、「世界から猫が消えたなら」という小説を書き上げるのです。

しかもそれが後に映画化され、またその作品がヒットするというのですからとてつもない才能です。



世界から猫が消えたなら DVD 通常版
佐藤 健 (出演), 宮﨑あおい (出演), 永井 聡 (監督) 形式: DVD


人の「死」について取り扱ったこの作品からは、まさにあるはずのものがない時に気付く大切さというものを教わります。

「親孝行したい時には親はなし」という言葉もあります。実際に失ってからでないと気づけない事もあるのかもしれない。

しかしそうしたものがあるという事を知っているのといないのとでは、人生の歩み方が変わってくるようにも思えるのです。


やまたつ さんに教えて頂いた作曲家ジョン・ケージ氏の「4分33秒」という作品についてもそうです。

この作品は音楽作品でありながら4分33秒間、ただひたすら何も演奏しないという斬新な内容の作品です。

音楽を聞きに来たのにそのような状況におかれ、初演の時にお客さんはさぞ驚いたであろうと察します。もしかしたら怒って会場を去った人もいたかもしれません。

しかしこれは常識にとらわれずに、音楽が聞けるはずの状況であえて人為的な音の作成を止めることで、その会場に存在する様々な音の存在に気付かさせるという「偶然性の音楽」なのです。

私が自室でマインドフルネスでただ呼吸に集中している時にも感じます。時計の針の音、エアコンの換気音、遠くで車の通る音、などなど。

そうした普段は決して意識されない音の存在を意識する事で、自分の感覚が研ぎ澄まされていけば、それが実際に人生を変えていくきっかけへとなっていくのではないでしょうか。

当たり前と考えている状況からあえて自分を外してみるという行為は、

いろいろ行き詰った場面で打開策を与えてくれるかもしれません。


たがしゅう
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スマホ

僕は日ごろ電車に乗ることはありませんが、先日、東京へ行く機会がありました。
夜遅い帰りの電車の車内では立っている人も多かったのですが、見渡す限り100%がスマホを眺めていました。
異様な光景にゾッとしましたが、こんな時間帯はむかしは眠っている人がほとんどだったのではないでしょうか?
やることがないので眠っていただけでしょうね。
電車の中で眠る光景に外国人からは理解できないという意見が多かったのですよね。
「お母さんおかわり」と言っていた光景が、大人も子供も糖質制限で、黙々と噛んで食べる風景も異常ではありますが、それが当たり前になったら、僕らの健康に対する考え方も飛躍的に様変わりするんでしょうね。

Re: スマホ

アラジン さん

 コメント頂き有難うございます。

 その時代の主要な価値観が主要な光景を産み出しているという事なのでしょうね。
 良くも悪くもその姿から学ぶべきことがあるように私は思います。

東洋的無とmindfullness

日本の有名な哲学者が東洋的な考え方を下記の文章で指摘されていたと思います。
東洋文化の根底には、形なきものの形を見、声なきものの声を聞くといったようなものがひそんでいるのではなかろうか。
(働くものから見るものへ 西田幾多郎著)
一方、瞑想を中心とする心身統合法を mind full な状態と表現する
マインドフルネスの発想は我彼の発想の差異が端的に表現されていている興味深い例ですね。
たがしゅう先生が、瞑想を実修された時に感じる無とは、東洋的無であることについて理屈抜きで納得いただけると思います(ジョン・ケージの作品も禅の影響を多分に受けているとのこと)。
西洋・欧米文化の基底にあるキリスト教には、瞑想の技法がありません。
キリストが神からの啓示を受けたのはひたすらの祈りという単純な行為であったのに対し、釈迦が悟りを得たのは当時技法として既に確立していた瞑想であるというのもその対照を示す好事例ですね。イスラム教にも瞑想の技法があります。
したがって本来ならば、東洋からこのようなアイデアが出てくるべきであったのに、輸入品に先を越された点は、少し残念です。ただし東洋には、食事、運動・呼吸、瞑想という関係(たがしゅう先生なら構造?)を追求してきた伝統文化があり、現代科学の未開の地として広がっていますので、今後の展開が楽しみでもあります。

Re: 東洋的無とmindfullness

やまたつ さん

コメント頂き有難うございます。

西洋的な科学的発想は世界を席巻し大きな説得力を持ちますからね。致し方ない部分はあります。

けれど西洋からであろうと東洋からであろうと、様々な立場の意見が集合していけば物事の本質に近づいていくのではないかと考える次第です。

No title

興味深いご指摘だと思います。
また同時にスマホやインターネットをを余暇にしか使わず仕事や人生の重大な岐路で使用しないという面もあると思います。

自分も指導する立場になって、質問を受けます。例えば英単語のtrimとは何を意味するのか?といったような。
いやいやそれお前が持ってるスマホで検索すれば一目瞭然だぞ、余分な空白を消すとか形を整えるとかほら犬や猫の毛を刈る人をトリマーって言うでしょ。そこまで言ってわかってくれましたが。

目から鱗が落ちたのか鱗が目に飛び込んだのかはなかなか区別が付かないね、と、あるSF作家は言ったそうです。現状の医学の科学としての欠点はそこだと思います。

Re: No title

SLEEP さん

コメント頂き有難うございます。

確かにネット検索に慣れる事で自分で考える事を怠る傾向はあるかもしれません。
しかしネットで検索していても自分の頭で考えられる人もいるので、その人の資質という側面も大きいかもしれません。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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