サイアミディン

ゼロに向かって減薬できない医師達

精神に作用する薬の総称を「向精神薬」と呼びます。

身近な所では睡眠薬、興奮状態を強制的に抑える鎮静薬、うつ病で用いられる抗うつ薬など多種多様のものがあります。

これらの薬を一時的に使用する分にはよいのですが、ダラダラと慢性的に使い続けてろくなことはありません。

先日もこの向精神薬にまつわり印象的な患者さんと出会いました。

40代男性でもともと精神発達遅滞、聴覚障害がある患者さんです。

社会的サポートを受けつつ仕事もされていた方でしたが、約10年前に職場が変わって同僚の無理解な接し方がきっかけとあり職場不適応に伴う興奮などのパニック症状を起こされました。

精神疾患だと扱われて直ちに精神科の病院へ緊急入院となり、そこから様々な向精神薬を投与され続ける日々が始まりました。
一時的に精神状態が治まってはまた不穏を繰り返し、その度に徐々に薬が増量されたり変更されたりする日々でした。

そんな中1年前よりウォーキング中に首がピクピクするという症状を自覚し始めました。

かかりつけの精神科や総合病院の神経内科で相談し、痙攣止めの薬が加えられたり、薬剤の副作用が疑われ少し薬を減量されたりしますが、

一部よくなったらまた別のグネグネするような不随意運動が出たりするなどして、全体としては悪化の一途をたどります。

困ったかかりつけ医は大学病院精神科の一番偉い教授へ診察を依頼し、そこで遅発性ジスキネジアという薬の副作用が疑われ、また少し薬を減量し、別の興奮を抑える薬を追加されたりします。

それでも完全にはよくならないという事でジストニアという神経疾患が隠れているのではないかとの判断に至り、さらに同じ大学病院の神経内科へ紹介されますが、

診察の結果、心理的要因が大きいので治しようがないとの説明を受け、本人・家族ともに大変なショックを受け打ちひしがれたとのことでした。

結局、1年の経過で悪化していくばかりの不随意運動に対し、途方に暮れた本人・家族は、半ばやけくそ気味に精神科の薬をもう飲まないと決められました。

それで困ったかかりつけの精神科医がたまたま近くにあった私の病院を紹介し、その日たまたま私の診察日だったという事で初めて診る事になりました。


私は経過を聞いて、明らかに向精神薬の副作用だと思いました。

今まで診た医師達も薬の副作用の可能性には気づいていますが、私の考えとは決定的に異なる所があります。

それは他の医師達が「薬は減らしてもゼロにする事はできない」と考えているのに対し、

私は「薬は本来ゼロにすべき」と考えているという点です。

そもそもこの患者さんは本当に精神疾患なのでしょうか。

無理解な同僚にキツイ事を言われて、感情のオーバーヒートを起こしていただけではないでしょうか。

誰でもキツイ事を言われれば感情は乱れるものです。それを精神疾患だと言われれば誰もが精神疾患になってしまいます。

この患者さんに本当に必要だったのはうまく薬を調整することではなく、ストレスマネジメントの方法を教えることだったのではないかと私は思います。


私はまず自分も薬の副作用を疑うという事を本人に伝え、

薬を止めるという方針が間違っていないこと、長く薬にさらされていれば薬の副作用が抜けるのも時間がかかるので焦らず腰を据えて治療に取り組むように話しました。

またそんな中唯一止められていなかった睡眠薬についても、この機会に一緒に止めるべきだと続けました。

同時に「何時に眠らなければならない」という固定観念を捨て、眠たくなければ起きていればいいと思うようにすること、

そして目が冴えて困る時は、余計な事を考えずに深い深呼吸を繰り返し、自分の意識をただただ呼吸のことだけに向けてみるように指導しました。

言わば簡易版マインドフルネスですね。

ここまで話したところで、付き添っていた患者さんのお母さんが私にこんな事をおっしゃいました。

「こんな説明を受けたのは、今までで初めてです。」

逆に今までの医師達はどんな説明をしていたというのでしょうか。

研修医時代を除いて、医師が別の医師の診療の実際を目にする機会は求めない限りはまずありません。

周りの医師がどうであろうと私は自分が正しいと思うやり方を愚直に続けていくのみです。

最後にどうしても身体のグネグネや眠れない事が辛いという場合に、精神を落ち着かせる作用のある漢方薬を飲むように処方をしました。

これは漢方薬の効果を期待するというよりも、

「全ての薬を止めてしまって本当にいいのか」という本人とお母さんの不安に対する私なりのストレスマネジメントです。


以上の指導を行ったところ、1年間治らなかったグネグネが、ものの1週間で激減し患者さん、御家族に大変喜んで頂きました。

あとは自力のストレスマネジメントさえ身につければ、この先もなんとかなるのではないかと思います。

こうした患者さんを助けるのに精神科の専門的知識は必要ありません。むしろ邪魔にすらなり得ます。

必要なのは「Do No Harm」の概念と、それを実践するためのほんの少しばかりの勇気です。

その気持ちさえあればすべての医師ができる診療だと思います。


たがしゅう
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荘子のこと

荘子 応帝王編より

原文
南海之帝為倏、北海之帝為忽、中央之帝為渾沌。
倏与忽、時相与遇於渾沌之地。渾沌待之甚善。
倏与忽、謀報渾沌之徳、曰「人皆有七竅、以視聴食息。
此独無有。嘗試鑿之」。日鑿一竅、七日而渾沌死。

読み下し
南海の帝を倏(しゅく)と為し、北海の帝を忽(こつ)と為し、中央の帝を
渾沌(こんとん)と為す。
倏と忽、時に相与に渾沌の地に遇ふ。渾沌、之を待すること甚だ善し。
倏と忽、渾沌の徳に報いんことを謀りて曰く
「人皆七竅(しちきょう)有りて、以て視聴食息(しちょうそくしょく)す。
此れ独り有る無し。嘗試に之を鑿(うが)たん」と。
日に一竅(いっきょう)を鑿つに、七日にして渾沌死せり。


現代訳
南海の帝王を倏と言い、北海の帝王を忽(倏、忽ともにあっという間という
原意から人為の象徴)と言い、世界の中央の帝王を渾沌(こんとん:人為を
加えない自然のままの象徴)と言いました。

倏と忽とが、ある時渾沌が支配する世界で出会いました。 渾沌は両者を大変
厚くもてなしてくれたので、倏と忽は渾沌の恩義に報いようと相談して言い
ました。

「人間は皆7つの穴(目2つ、鼻2つ、耳2つ、口1つ)が備わっていて、
これらをもって見たり、聞いたり、食べたり、呼吸をしている。 しかし、
渾沌には7つの穴がない。
ためにしこれ(穴)を開けてあげようではないか。
1日に1つ穴を開け、7日たつと渾沌は死んでしまいました。

今回の記事を拝見して、上記の話を想起しました。今回の患者さんは危うく
「混沌」と同じ運命をたどるところでしたが、糖質制限ならぬ投薬制限で、
快方に向かわれたとのこと。
「倏」と「忽」が象徴する人物は2000年以上前の荘子が書かれた時代から
存在して、自然に対するコントロールを当然として、対象を壊していたという
点は興味深いものがあります。
このことから、通常の荘子解釈では自然に対する人為を加えることの愚かしさ
という結論になります。

しかし、今回紹介いただいた治療例からは、自然が持つ本来の治癒力が
「人工的に整えられる」こと(精神薬の連続投与についての有効性の否定と
代替のストレスマネジメントの視点を加味)により、回復したということが
重要ではないかと考えます。
そのために、「知識や経験は必須」であり、無条件に人為の否定に結びつけ
ないようにしたいものです。

糖質制限と新しい生命観・倫理観

こんにちは。
たがしゅう先生が、ストレスマネージメントについて、ずっとお書きになっているのを読ませていただいているうちに、いろいろ、これまで気づかなかったことに気づくようになりました。

たとえば。
先日、あるところで温熱療法のことを読み、そこから、20年近く前に瓜生良介氏という治療家が運営する瓜生治療室というところで教わった、アイロン療法のことを思い出して、この治療室を運営していた、瓜生良介さんという治療師の方について、あらためて調べてみたのですね。

瓜生良介氏は、LETという一種のキネシオロジー技法でさまざまな病気の診断をおこない、個人に合う食物や合わない食物を見つけ、そして、操体法、アイロン療法、飲尿療法など、いろいろな民間療法的な技法を取り入れて、患者さんの治療をしていました。

で、それらの治療の基本となっていたのが、『快医学』という思想で、それは、おおざっぱに言えば、『生き物は、すべて、全力を挙げて、快い方向へいこうとしているのであり、本当にいのちが喜ぶ快い方向へと行けば、病気はなくなり、ものごとは調和し、世界も平和になる』という考え方です。

瓜生良介氏は、2012年に亡くなったのですが、治療室は後継者が運営しており、また、その思想は、今も、ツイッター上で、『瓜生良介bot』により、継続的に投稿されています。
https://twitter.com/uriu_bot
これをみると、確かに、この『快医学』という思想は、いかに一貫性があって、美しいものであるか、ということに、感銘を受けます。

ただ。
瓜生良介氏は、『人間は植物食が基本である』と思っておられたので、『快医学』では、食事療法に関しては、玄米菜食が基本でした。
ですから、患者さんは、あずき入り玄米ご飯や根菜を食べていました。

しかし、それでも、かなりの数の、がんや難病の人が、治っていったのです。

私は、このことについて、考えてみました。
玄米菜食で少食ならば、たしかに、体内に取り込んだブドウ糖は、早くに代謝されて、ケトン体モードに変わる、ということがあるのかもしれません。

けれども、『快医学』の本当の効能は、そこにあったわけではないように思うのです。
おそらく、その、美しく平安で調和の取れた世界観を取り入れて生きる、ということによって、心の負担が取れ、『ストレスマネージメント』ができるようになった、というところが、キモだったんじゃないだろうか、と思うのです。

そこで、今の糖質制限のことを考えてみると、人によってはこれをなかなか受け入れられないのも、単に糖質依存ということだけでなく、このような世界観の問題もあるのかもしれないな、と思い至った次第です。

世界観というか、一つのパラダイムというのは、小さなことから大きな事まで、一見すると一貫性のある価値観で貫かれていますよね。
それは、多くの場合、生命観や倫理観を含む美しい世界観・宇宙観まで含むものであり、調和が取れているように見えるものです。

でも、新しい事実がいくつか見つかって、それまで信じられていた枠組みが成り立たない、という現実を突きつけられたとき、人は、困惑し、大きな『ストレス』を感じるはずです。
たとえば、アインスタインだって、素粒子物理学をすんなりとは受け入れられなかったくらいです。

なので、糖質制限を取り入れられるかどうかというのは、単に食習慣を変えられるかどうか、とか、糖質依存を乗り越えられるか、とか、健康観・治療観を換えられるかどうか、という問題ではなく、人によっては、それまで信仰してきた倫理観、世界観、宇宙観を書き換える、という壮大なレベルの大問題になるのかもしれない、と思ったのです。

そこで、糖質制限を広めるためには、糖質制限を前提とした、新しい、整合性のある美しい生き方のビジョンを提示できるかどうか、ということまでも、必要になるのかもしれない、と思った次第です。

もちろん、こうなると、ほとんど宗教みたいなレベルの問題であり、それは、あくまでも個々人がするべき内的な作業だとは思うのですが。

でも、『ストレスマネージメント』が下手な人のためには、何か、そいういったイメージのヒントみたいなものも、提供していくことが、その人が糖質制限を受け入れていくための助けになるのかな、と思った次第です。

なんだか、うまく書けなくて、ダラダラした長文になってしまいましたが、言わんとするところを汲んでいただければ、幸いです。

こんにちは

たがしゅう先生、いつも
大変読み応えのある記事を
提供して下さり、ありがとうございます。

今日、先生がとりあげて下さったテーマは
大変根深く深刻な問題を含んだテーマだと
思います。

先生の患者さんは、薬を減薬することに
成功されたようで、本当に良かったです!



しかし、一方では、精神薬の減薬で
地獄のように悲惨な目にあっておられる方が
たくさんおられることを、
私は、いろいろなブロガーさんの
記事で知り、本当に驚きました。

 『ぴぴの うつ病 薬離脱 減薬日記』

 http://pipi26.blog.fc2.com/

 『産後鬱 ベンゾジアゼピン 抗鬱剤 減薬日記♡』

 http://kobuchoro.blog.fc2.com/

 『治らんなあ・・・』

 http://californiarocket.blog.fc2.com/



たがしゅう先生のように、薬の減薬を
指導して下さる良心的なお医者様が
増えて下さることを切に願います。
 

Re: 荘子のこと

やまたつ さん

コメント頂き有難うございます。

荘子がいかに本質を見抜いていたかという事を窺い知る事ができますね。

「害を抜く」までは言ってしまえばシンプルなわけですが、それだけて解決できない問題に対していかに「適切に」人為を加えるかということが今後の大きな課題だと私は考えています。

Re: 糖質制限と新しい生命観・倫理観

みか さん

コメント頂き有難うございます。
大変想いが伝わって参ります。

> 『生き物は、すべて、全力を挙げて、快い方向へいこうとしているのであり、本当にいのちが喜ぶ快い方向へと行けば、病気はなくなり、ものごとは調和し、世界も平和になる』という考え方

この考え方は人為の加えられていない自然界では非常に理に適った考え方と思います。ストレスマネジメント的にもその方が健康的です。

しかし人為が入ると必ずしも心地良い事が身体によいとは限らない状況が生まれました。糖質頻回過剰摂取はその最たる例です。

あとはその不自然な心地良さを見抜きつつ、新しい考えを伝える上で生まれるストレスをマネジメントできるようにする「適切な」人為をどうやって加えていくかという事を考えていく必要があると思います。

Re: こんにちは

坊主おじさん さん

コメント頂き有難うございます。

向精神薬の減薬にはストレスマネジメントの観点が不可欠と思います。
しかしそれぞれの患者さんで事情が異なり、複雑な背景がある事が多いのでなかなか一筋縄にはいきません。

今回の場合は、ひとつは本人に強い減薬の意思があったことがうまくいった要因と思います。同じ状況でも本人がどこかで薬が必要なものだと考えていればきっとうまくいかなかったであろうと思います。ゼロを目指す私の治療方針にストレスを感じてしまうからです。

こういう例もあるという事をシェアしたくブログ記事にしましたが、私自身正直言って暗中模索の日々です。

思想を変えることは難しいのでしょうか?

大病をした経験から、自然であることが健康への近道だとは認識を変えたつもりでも、混乱した状況では薬に頼る自分がいます。その都度、こびりついた思想を変えることは難しいと思い知らされます。

先日も息子が風邪をひき、何も処方せずに様子を見ていたのですが、長引いていたので病院を受診しました。診察室で医師が「抗生物質だしましょうか?」と伺うので、というよりもそう聞いてくることを期待している自分がいて、「お願いします」と処方してもらいました。

普段は、「風邪程度では薬をもらわないぞ」と自己免疫の優秀さを確信する自分を自負していたつもりでも、いざ不安が募ると薬を発想しているのです。

結局のところ、薬局を出たところでハッと我に返り、処方された抗生物質は与えず、漢方で翌日には良くなりました。時間が必要な風邪だったんですね。

普段から糖質制限して、たがしゅう先生のお考えに共感し、自然療法を信じる者でも、いざ体に異変が起こると混乱し、以前の行動を起こしそうになるのです。

自分の中のパラダイムシフトを起こすことは難しいのでしょうか?

記事の患者さんも、先生の治療によって快方に向かい自分の中のパラダイムシフトが起これば、永続的に快方に向かうのでしょうが、先生のもとを離れた場合も同じ意識を持ち続けることができるか・・・。

皆さん(どの医師も)良かれと思ってやっていることなので、選択肢が多いと患者は混乱して当然だと思います。


だからこそ、たがしゅう先生のように、一貫した思想を持ち、志の高い医師の書かれるこの地道なブログは、どの健康書物よりも有意義な書物となるのです。

Re: 思想を変えることは難しいのでしょうか?

だいきち さん

コメント頂き有難うございます。

> 自分の中のパラダイムシフトを起こすことは難しいのでしょうか?

私は皆、人それぞれの変えられる2割と変え難い8割の部分があるのではないかと思っています。

例えば私はあれほど断食の良さを理解していても、いざ長期間の断食はできずに尻込みしてしまう部分があります。

すぐには変えられない部分があっても、「人間とはそもそもそういうものだ」と割り切れば少し楽になるところがあると思います。それにすぐには変わらないとしても、永遠に変わらないとは言い切れませんから。諦めさえしなければ、ある日突然変えられる日が来るかもしれません。

No title

耳が痛い。
BZD系の薬、10年以上飲んでいる。
BZD以外のに変更したりしたりしているけれど、入眠障害、中途覚醒がずっと続いているんです。
単に、寝るだけなら、アルコールの力の方が強いんだけれど、睡眠の質がすこぶる悪い。
すっと眠れて、朝までっすっきり眠られればいいんだけど。
8時間とは言いません。5時間すっきり眠れたら。

瓜生氏の考えで付け加えること

こんにちは。
たがしゅう先生、先ほどの私のコメントに返答を書いてくださり、ありがとうございます。

ちょっと瓜生氏の名誉のために付け加えておきますと、瓜生氏は、『一見快いけれども、実はいのちを害するもの』『一見快くないけれども、実はいのちが喜ぶもの』を、ただ快いだけのものから、見分けなければいけない、ということは、おっしゃっていました。

それと、糖質の過剰摂取の害についても、考えておられたのですが、それについては、白米を止めて、玄米を摂ることで、玄米に含まれるビタミンB群やミネラルの作用で、摂取した糖質がうまく代謝できるようになる、と考えておられたようです。

まあ、今になってみれば、実は玄米もよろしくない、ということが、明らかになってきたわけですが。

そのようなことを考えると、パラダイムというのは、常に書き換えられていくべきものであり、その時に心が混乱する人たちに対して、新しいケアがなされていくべきなんだろうな、と思ったのでした。

Re: No title

teru さん

 コメント頂き有難うございます。

 長く向精神薬に晒されていれば、それだけ離脱も容易ではありません。
 薬やアルコール以外、例えばヨガや音楽療法、あるいはそれこそうつ伏せ寝など別の方法の中から自分に合う方法を探し、そうやって質の良い睡眠を誘導しながら減薬・断薬を試みるというのも一つの方法だと思います。

Re: 瓜生氏の考えで付け加えること

みか さん

 コメント頂き有難うございます。
 
 なるほど、心地よいの裏に潜む罠にもきちんと目が行っていたのですね。
 白米よりも玄米の方がビタミン、ミネラルの観点から優れているという視点も間違ってはいないと思います。

 そこに糖質制限の観点を加えていけばさらによい考えとして発展させていけそうですね。

 2014年2月6日(木)の本ブログ記事
 「『身体が欲するものを食べる』の落とし穴」
 http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-174.html
 も御参照下さい。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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