サイアミディン

低血糖を起こさないために本当にすべきこと

2008年のACCORD試験という世界的な大規模臨床試験において、

糖尿病患者の血糖値をインスリンなどの薬剤によって強制的に下げる事は逆に死亡率を高めるという結果が報告されました。

その一因としての低血糖の存在が、徐々に医療界で注目されるようになってきました。

その結果、患者別にHbA1cの目標値の設定を変えて、場合によっては多少血糖値が高くてもよいとする考えが医師の間で広まっていくようになりました。

その象徴が2013年の日本糖尿病学会学術集会で発表された「熊本宣言」です。

合併症を防ぐためのHbA1cの目標値は7.0%未満、治療強化が困難な際の目標値は8.0%未満、というように、

状況と目的に応じて無理に血糖値を下げなくてもよい事をサポートする血糖コントロール目標が提示されるようになりました。
そして近年その考え方がさらに進み、

併存疾患の多い高齢者や、服薬管理が困難な認知症患者においてはその設定をさらに緩めるべきだとする考えに変化してきています。

そして2016年5月20日、高齢者糖尿病の治療向上のための日本糖尿病学会と日本老年医学会の合同委員会が、

高齢者糖尿病の血糖コントロール目標についての見解を発表しました。日本医事新報からの記事を引用します。



高齢者糖尿病の血糖コントロール目標【日本糖尿病学会と日本老年医学会の合同委員会による新基準】
No.4839 (2017年01月21日発行) P.53
梅垣宏行 (名古屋大学医学部附属病院 地域在宅医療学・老年科学講師)


(以下、引用)

糖尿病における血糖コントロールは,

網膜症,腎症,神経障害などの細小血管障害の発症を予防し,冠動脈疾患や脳梗塞などのリスクも低下させる。

しかし,血糖降下治療による副作用のひとつである重症低血糖は,心血管疾患や認知症の発症リスクになる。

したがって,高齢者では,「年齢」「罹病期間」「合併症の状態」「身体機能や認知機能」「低血糖のリスク」「サポート体制」などを勘案して,血糖コントロールの目標値が設定されるべきである。

このたび,日本糖尿病学会と日本老年医学会の合同委員会によって,「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標」が作成された。

この目標では,高齢糖尿病患者を「身体機能」と「認知機能」によって3つのカテゴリーにわけ,

さらに「重症低血糖が危惧される薬剤の使用の有無」によって2つにわけ,計6つのカテゴリーに分類して目標が設定されている。

身体機能・認知機能が正常で,重症低血糖の危惧のある薬剤が使用されていない場合には,従来通り「HbA1c 7.0%未満」が血糖コントロール目標となるが,

中等度以上の認知症,基本的ADLの低下,多くの並存疾患・機能障害がある患者で,重症低血糖の危惧のある薬剤が使用されている場合には,「HbA1c 8.5%未満」にゆるめられる。

また,この目標においては,重症低血糖の危惧のある薬剤が使用されている場合には,治療目標の下限値も設定されている。

(引用、ここまで)



この話がいかにおかしいかという事に皆様気が付かれますでしょうか。

最もおかしいのは、「目標値とともに治療の下限値も設定されている」という点です。

例えば、中等症以上の認知症(この表現がまたあいまいですが)があって、多くの病気を抱えていてインスリンなどの低血糖をきたしうる薬を用いている患者に対しては、

HbA1cの目標値を8.5%未満とする一方で、治療下限値は7.5%にしなさい、すなわち「HbA1cを7.5~8.5%の間に収めなさい」という事を推奨しているのです。

そうする事で、低血糖のトラブルが起こりにくくなるであろうとこの目標を作成した医師達は思っているかもしれませんが、

インスリンのような薬を使用をしている事自体が低血糖のリスクなのです。状況によって低血糖と高血糖を繰り返してその平均がHbA1c 8.0%となることだってあります。

目標値を甘めに設定することが低血糖のトラブルに対する本質的な解決方法ではないのです。当たり前ですが、低血糖を起こしうる薬剤を使わないという事こそ真っ先に提示すべき方針なのです。

ではなぜそのような方針を提案しないのか。それは薬以外に血糖値を下げる方法を知らないからです。

これは現在のカロリー制限を基盤とした日本糖尿病学会が推奨する食事指導がいかに血糖値を下げられないかという事の裏返しでもあります。

糖質制限の事を知っていればその事は容易に理解可能です。カロリーの高低と血糖値が下がるかどうかには全く関係がないのですから。

それにこの合同委員会の目標に従えば、上述の条件の患者さんがもしHbA1c 7.0%だったとすれば、

わざわざHbA1c 7.5~8.5%に入るように血糖値を上げさせなければならないという話になってしまいす。糖尿病患者に医者が血糖値を上げさせる?そんなバカげた話があるでしょうか。


そもそも、この合同委員会の作成した指針は現場の事が全然わかっていません。

ではその細かに定められた指針に従って、それぞれの糖尿病患者さんで目標値を設定するためにはどのような工程が必要でしょうか。

まず年齢が65歳以上か、75歳以上かでも変わってくるので年齢を確認します。

それから認知機能を調べる必要があります。どうやって調べるかは明記されていませんが、最低でも長谷川式簡易スケールは実施する必要があると思います。そうなれば急いでも4~5分はかかります。

またADL(日常生活動作)の状態も知る必要があります。歩行状態を確認したり、車椅子や杖などの使用状況、それから食事、着衣、排泄、道具使用など様々な観点から患者さんの生活状況を確認します。

さらには糖尿病以外の併存疾患がどれくらいあるか、またインスリンやSU剤、グリニドといった低血糖を起こしうる薬剤の有無も確認しなければなりません。

それらの情報を経て始めて表に照らし合わせて目標値を把握して、診療に当たらなければならないというわけです。

私も数多くの糖尿病患者さんを外来で診ていますが、そんな事を全員にやっていたらとてもではありませんが時間が足りません。

しかも私よりも1日の外来患者数が多い医師はざらにいます。そんな医師達がその指針に従って、一人ひとり目標値を確認して糖尿病診療を行っているとは到底思えません。

要するにそんな指針は、現場では使えない机上の空論だということです。


そんなごちゃごちゃした基準を意識するのではなく、

医師が行うべきことは、ヒポクラテスの時代から変わりません。「Do No Harm」です。

低血糖を起こしうる薬剤を極力使用せずに血糖コントロールを試みること、それだけ意識すればいいと私は思います。

そのために糖質制限は非常に強力な武器となるわけですが、それを実践してくれない人・何らかの理由で実践できないという人に対しても低血糖を起こさない薬を使用します。インスリン、SU剤は使用しません。

薬を使っても血糖値が下がらなかったとすれば、1型糖尿病や長鎖脂肪酸代謝異常症など医学的に仕方がない疾患背景がない限りは、それは患者自身の責任と考えるべきです。

「ならばお前は患者の血糖値が上がるのを黙って見ているのか」と問われれば、

血糖値が上がっていくのを見ていくしかないのはその通りですが、決して黙って見ているわけではありません。

確実に血糖が下がる糖質制限をそんな患者に口を酸っぱくして伝え続けています。でも教えているにも関わらず、それを実践しないわけですから。

それで血糖値が上がるのを見ていられないからといってインスリンを処方するくらいなら、私は糖質制限を根気よく指導し続けます。

医者が出した薬が原因で患者さんに致命傷を与えることだけは絶対に避けたいからです。

その診療方針の結果、高血糖が原因で患者さんが致命的な疾患を引き起こしたとしても、申し訳ないですが医療の限界です。

相手が高齢者であろうと、認知症患者であろうと、

私はこのスタンスで診療を行うべきだと考えています。


たがしゅう
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No title

おはようございます。

先日の豚皮会では、ゆっくりお話ができず残念でした。またの機会に期待します。


さて、本日の記事についてですが、1月24日付けのMedical Tribune誌に掲載された下記記事について、同様の印象を受けました。

記事では仲田先生がJAMAの発表を引いて、

・2型DMの第一選択はメトホルミン。追加薬に何が妥当か不明
・男性は65歳以上ではHbA1cを7%以下にするな!
・女性は70歳以上ではHbA1cを7%以下にするな!
・高齢者でHbA1cを7%以下にすると死亡率が上昇する

とまとめられているのですが、この4項目には全て

「インスリンやインスリンの分泌を促す薬剤を使った治療をする上では」

という文言を付けなければならないと、思います。


あえて言えば、上記4項目の内3項目は「薬物を使用した治療の限界点を示しただけ」であり、単に「治療目標とすり替えただけ」ではないか?と思うわけです。

先生のご意見をお聞かせ頂ければ幸いです。

Re: No title

saty さん

 コメント頂き有難うございます。

 こちらの記事の事ですね。

 高齢者糖尿病ではHbA1c7.5~9.0%を厳守!
 西伊豆健育会病院病院長 仲田 和正
 Doctor's Eye(総合診療) | 2017.01.24

 https://medical-tribune.co.jp/rensai/2017/0124506216/

 御指摘のようにこの結論は「低血糖を起こしうる薬剤を使って治療する場合においては」という条件での話です。
 糖質制限の観点がなく、エビデンスを盲信してしまうと、このような結論に至ってしまうという事なのではないかと思います。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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