サイアミディン

害を与えない治療による最期

この感じた気持ちを忘れないうちに書き記しておきましょう。

末期の膵臓癌の患者さんで重症の脳梗塞を起こした方を入院で受け持ちました。

進行がんがあると時折血液を固める成分に異常が生じ、脳梗塞を合併する事があるのです。

画像検査では膵臓を大きく占拠するその病変は周囲の組織を破壊して強い炎症反応を起こしてしまっており、

何か食事を無理にでも入れてしまえば消化液が分泌されて、そのせいで自分の組織が融解して炎症が増悪してしまう状況でした。

肝臓にも転移が多発しており、CA19-9という腫瘍マーカーも基準値が37U/ml未満の所、300000U/mlと振り切れた数値を示しているような状況でした。
消化器の専門家に治療を打診しても、すでに積極的治療の適応はなく手の施しようがないとのことで、

せめてこれ以上苦しむことがないように緩和ケアを中心に看取りを視野に見守っていく方針となりました。

もしも痛みが出たらモルヒネなどの医療麻薬を用いる事も念頭に、

Do No Harm」の観点からまず私は、これ以上がんをむやみに育てないように、

糖質をゼロにした必要最小限の水分と少しばかりのビタミンを投与する点滴メニューを組みました。

そして鼻からチューブを通しますが、ここからは一切の栄養を入れません。

その代わり消化管を使いつつ、消化液を分泌させないように気持ちばかりの白湯と炎症を抑えるために少量のステロイド投与する事にしました。

進行がんでやせ細った身体で、脳梗塞で意識ももうろうとしている状態でした。

いわゆるカロリーとなる栄養を入れない治療は標準的ではないやり方かもしれませんが、

この状況においては、害を与えないことと、苦しみを緩和すること、この2点が極めて重要なことであると私は考えました。

害を与えないという点は守れているかもしれませんが、苦しみの緩和という意味では正直言って今後の経過に不安がありました。


実際、数日の単位で脳梗塞による片麻痺は進行し、一時は全く会話できない状態にまで悪化しました。

もう死期が近いであろうと覚悟する状況でしたが、苦しそうな表情を浮かべていない事だけが唯一の救いでした。

1週間後、尿中ケトンは3+と強陽性となり、こんなやせ細った身体においても、しかも炎症が併存している状況においても、ケトン体は作られるのかと感心していたところ、

なんとその辺りから意識が徐々に回復し、2週間後、ちょっとした会話が楽にできる程度にまで戻りました。

ほとんど栄養を与えていない状態だというのに、これが絶食療法の効果なのだろうかと正直言って驚きを隠せませんでした。

また痛みを訴える事もないので、モルヒネ使用の出番はなく、これは治療方針を見直すべきではないかと別の悩みが生まれ始めました。

そんな悩みを抱えていた入院から16日目の朝、

いつものように回診して簡単な会話を交わし、「また来ますね」と声をかけ病室を後にしたそのわずか10分後、

看護師から緊急コールがあり、呼吸停止になったという報告を受けました。

事前の家族との話し合いから一切の延命行為を行わないという方針であったため、心肺蘇生法は実施せずそのまま経過を見守りました。

その数分後に心臓も止まり、瞳孔も散大、あっと言う間に死亡に至りました。

あまりの急な出来事に一瞬何が起こったのか理解できませんでした。数十分前までバイタルサインも安定し、会話も交わした患者さんだったのです。

動けずにいて不自由ではありましたが、苦しそうな姿は全経過を通じて一切見られませんでした。

これはいわゆる世間で言うところの「ポックリと逝く」と呼ばれる状況に近かったのではないかと後から思いました。

Do No Harmの治療方針を貫いて、全てを身体に任せた結果、

身体の中での全状況を考慮して身体が取った選択は生命を停止させるという方法だったのかもしれません。それはあまりにも唐突でした。


がんの末期は苦しいとか、痛いとか、辛いとかそんなイメージが付きまとうかもしれませんが、

全ての行く末を身体に任せれば、害を与えることさえしなければ、最期はそこまで苦しいものにはならないのかもしれないと思いました。

勿論、脳梗塞や老化による高次脳機能の低下も関わっていたかもしれません。

しかし人はいつか必ず死ぬものです。その最期の時間に害を与える事なく自然の流れに任せるという事はやはり大切な事ではないでしょうか。

この経験がまぐれでないことを望んで、

私はこれからも「Do No Harm」の治療を心がけていきたいと思います。


たがしゅう
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今回、非常に良いお話しを聞かせて頂いた気がします。
有り難うございました。

Re: タイトルなし

ふぁっつおー さん

コメント頂き有難うございます。

問題を正し、ありのままの状態に任せる事の重要性を学んだように思います。

No title

今の医療というのは長く生きることに特化していて楽しく生きることに対応してないですね。
良薬は口に苦し、と言いますが口に苦いのが良薬と言うわけではないでしょう。病気になったら真面目に人生を送れ、即入院、手術だ、全力でリハビリだ、禁酒、禁煙なんて当たり前だというのもね、苦しい闘病をさらに苦しくしてどうするんだと思います。

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Re: No title

SLEEP さん

 コメント頂き有難うございます。

 確かに苦しくない医療は目指すべき方向性であるように思いますが、
 ここで深く関わってくるのがドーパミンです。快を与える物質が必ずしも身体に善とは限りません。

 そのあたりどうやって折り合いをつけるかという所は今後の課題であるように思います。
 記事にして少し考えてみたいと思います。

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プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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