サイアミディン

害を与えない治療のための工夫

「Do No Harm(まず害をなすなかれ)」という治療原則があります。

診療に当たっていると薬剤の副作用が問題になる場面と多々遭遇しますが、

薬を使って治療するというアプローチを使っている限り、厳密に害がゼロの状態で治療する事は困難です。

それは全ての薬に副作用が起こり得るからというわけですが、その副作用をゼロに近づける工夫を行う事は可能です。

一般的には使用する薬を極力減らすという事が対策として考えられると思いますが、

私の中での対策は、「極力もともと体内に存在する構造物を極力適量だけ利用する」という方法です。
それゆえ、ビタミン剤やステロイドは適量用いる分には有用だと考えているわけですが、

その次に有用なのは、全く一緒ではないけれど、もともと体内に存在する物質に構造が近い物質を含む植物体を利用する漢方薬を私は優先的に使うようにしています。

例えば、柴胡剤と呼ばれる精神への作用をもたらす漢方薬のグループの主たる生薬である「柴胡」は、

主成分がサイコサポニンという物質ですが、これはステロイド骨格というステロイドの基本構造を持つ物質です。

それ故、柴胡剤はステロイドに似た作用をもたらすと考えられており、この事がステロイドの副作用の軽減に応用されるケースもあるくらいです。

このように生体内物質をそのまま使えない場合に、生体内物質に近い物質を使うということが、薬の副作用発現率を少なくするコツだと思います。

逆に生体内物質とは構造がかけ離れた西洋薬を使えば、効果が強く出る代わりに副作用も強く出るおそれがあります。

漢方薬には比較的副作用が少ないというイメージを持つ人もいると思いますが、それにはそうした理由があると思います。


その話を応用すればこんな場面に役立たせることができます。

昨今、不眠を訴える高齢者は非常に多くおり、それらに対し睡眠薬を恒常的に処方せざるを得ない場面も多いと思います。

その一方で一般的な睡眠薬には副作用がつきものです。まず睡眠薬服用後、朝になっても眠気が持ち越して転倒や骨折のリスクが高まります。

またベンゾジアゼピン系を中心とした睡眠薬を常用は認知症のリスクを高めるという事も報告されてきています。

さらには常用することで交感神経過緊張状態が引き起こされ、睡眠薬の量を増やさないと眠れなくなり、

睡眠薬の量を増やせばさらに副作用が出やすくなるという不眠の悪循環が形成されてしまうわけです。

こんな時に打開策の一つとなり得るのが、睡眠薬として「抑肝散」という漢方薬を飲んでもらうという方法です。

抑肝散とは柴胡(サイコ)、釣藤鈎(チョウトウコウ)、蒼朮(ソウジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、当帰(トウキ)、川芎(センキュウ)、甘草(カンゾウ)という7つの生薬を含む漢方薬です。

先日、抑肝散についてまとめられた漢方の雑誌を読んでいたら興味深い事が書かれていました。

漢方医薬楽雑誌
「抑肝散」
平成27年12月25日発行
通巻第111号 Vol.23 No 3.


50歳以上の認知症患者に種々の睡眠薬を使用した時の転倒・骨折リスクについての研究報告です。

短時間型ベンゾジアゼピン系睡眠薬 オッズ比1.43 P値0.000
超短時間型ベンゾジアゼピン系睡眠薬 オッズ比1.66 P値0.000
中・長時間型ベンゾジアゼピン系睡眠薬 オッズ比1.01 P値0.977
リスペリドン・ペロスピロン オッズ比1.36 P値0.010
メラトニン受容体アゴニスト オッズ比1.25 P値0.273
漢方薬 オッズ比0.72 P値0.052
ヒドロキシジン オッズ比1.45 P値0.001
(Tamiya, H. et al. Plos One. 2015, doi:10.1371/journal. Pone. 0129366より作表) 


この中でオッズ比というのが1より大きいと転倒を起こすリスクがそれだけ高まり、1より小さいとリスクが低くなります。

またP値が0.05未満であれば、そのようになる確率が医療統計学的に有意だと判定されるということです。

それを踏まえて見れば、短時間作用型の睡眠薬によるリスク上昇が明らかに高いという事がわかります。急峻に効く薬にはそれだけ副作用が多いということでしょうか。

逆に転倒・骨折の副作用リスクが高まらなかったのは、この中で漢方薬のみです。

しかし漢方薬はリスクが高まらない代わりに、効果も弱いんじゃないかと思われるかもしれませんが、

必ずしもそういうわけではありません。特に抑肝散は即効性が十分期待できる薬です。

その明確な理由はわかりませんが、生体内に不足している物質を適切に補えば直ちに効果を発揮するという事の裏返しなのかもしれません。

また近年の研究で、抑肝散が睡眠作用をもたらすのには多面的なメカニズムが関わっているという事がわかってきています。

抑肝散の構成生薬の中の釣藤鈎にドーパミン過剰を落ち着かせるセロトニン神経の調節作用(5-HT1A受容体パーシャルアゴニスト作用、5-HT2A受容体ダウンレギュレーションによる抑制)があり、

同じく構成生薬の甘草には興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の神経系を抑制する作用(グルタミン酸放出抑制、グルタミン酸トランスポーター活性化など)がある事が解明されてきました。

ちょうどセロトニン不足で、グルタミン酸過剰となっているような精神状態、これはBPSDと呼ばれる認知症の興奮性の周辺症状とも相同する状態なわけですが、

こういう時に抑肝散を用いればスパッと効いてくれるという事です。しかも転倒リスクを増やさないという事であれば、まず最初に使用してみればよい薬であるように私には思えます。

ただし甘草と言えば、偽性アルドステロン症という高血圧や浮腫や低カリウム血症などの副作用をもたらす事が多いという事で有名な生薬です。

その話にも私は一家言あるのですが、それについてはまた別の機会に触れるとして、

副作用をもたらさない程度の適量を用いるという事が大原則です。従って、高齢者や、やせ型の方、腎機能の低下があるような方には適宜減量して用いる工夫が必要となります。

そうやって使えば、比較的安全に漢方薬を使う事ができるようになると思います。

けれども漢方薬は西洋薬と違って効果に比較的個人差が大きいという事も特徴的な薬です。

従って、使ってはみたものの全然効かなかったという場面にもしばしば遭遇します。

しかし効いたは良いが、副作用も出ましたというのではハッキリ言って本末転倒です。

冒頭に紹介した「Do No Harm」の原則を決して忘れてはいけないと私は思います。たとえ効かなくても害を出さないという事の方が優先すべき事なのです。

害を出さない治療を実践するために、漢方薬は有効利用できるツールだと私は考えています。


たがしゅう
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たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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