サイアミディン

糖質制限関係なしでも治す漢方

先日、何気なく漢方の雑誌を読んでいたら、

興味深い症例報告が掲載されていましたので少し紹介したいと思います。

「半夏厚朴湯が著効した周期性嘔吐症候群の一例」
越田全彦(洛和会音羽病院総合内科)
山崎武俊(洛和会音羽病院漢方内科)
日東医誌 Kampo Med Vol.68 No.2 134-139, 2017


半夏厚朴湯という漢方薬が、周期性嘔吐症候群(cyclic vomiting syndrome;CVS)という原因不明のストレスなどを契機に何度も嘔吐を繰り返すという病態に著効したという症例です。

周期性嘔吐症候群はまたの名を「アセトン血性嘔吐症」とも言い、以前当ブログでも考察したことがあります

当時の私の考察を簡潔にまとめれば、「糖質代謝に適応しきれていないやせ形で筋肉量の少ない小児が、ストレスや糖質摂取を契機とした血糖変動に対応しきれずに嘔吐などの消化器症状をきたすという病態」と言えます。
この病態で考えれば、周期性嘔吐症候群に対して糖質制限が根治療法となりうると私は思うわけですが、

今回の症例報告は糖質制限関係なしにそれを治してしまったというところに大きな価値と学ぶべきところがあります。

どのような症例であったのか、少し引用が長くなりますが、是非とも見ていくことにしたいと思います。

(以下、p135-136より引用)

症例:19歳 男性
主訴:嘔吐
既往歴:幼少時に停留精巣手術
生活歴:飲酒歴なし。喫煙歴なし。アレルギーなし。家族と同居。大学2年生。
 高校時代は運動部に、大学では文化系のサークルに所属している。
家族歴:片頭痛なし、神経筋疾患なし、その他特記事項なし。

現病歴:幼少のころから嘔吐しやすい傾向はあったが、あまり問題にならなかった。

3年前から、明らかな誘因なく発作的に繰り返される嘔吐が出現し食事をできなくなった。

近医に入院し精査されたが明らかな異常を認めず、絶食の上輸液管理としたところ、10日ほどで自然に回復し退院となった。

入院中は嘔気のためほとんど食事が取れず5㎏ほど体重が減少した。以後、年に3回程の頻度で同様のエピソードを繰り返した。

2年前の入院時に行われた検査結果は以下の通りである。

血液生化学:総蛋白 7.6g/dL、アルブミン 5.4g/dL、総ビリルビン 2.9mg/dL、GOT(AST) 13IU/L、GPT(ALT) 8IU/L, LDH 199IU/L、CPK 174 IU/L、T-chol 144mg/dL、BUN 11.3mg/dL、Cre 0.61mg/dL、Na 140.4mEq/L、K 4.06mEq/L、Cl 104.0mEq/L、Glu 145mg/dL
血算:WBC 8100/μL、Neut 92.2%、RBC 491万/μL、Hb 15.2g/dL、Ht42.2%、Plt 194000/μL。
尿検査:pH 7.5、比重1.015、蛋白+1、ケトン体+3、WBC認めず。
内分泌学的検査:ACTH 18.3pg/mL(基準値7.2-63.3)、コルチゾール 48.4μg/dL(基準値6.2-19.4)、TSH 0.423 IU/mL(基準値0.5-5.0)、F-T4 1.11ng/dL(基準値0.9-1.7)。
腹部CT:特記すべき異常なし。

試験期間中に発作を起こす傾向があったため、精神科医からはストレスかを誘因とした周期性嘔吐症候群と診断された。

発作時の制吐薬としてMetoclopramide(プリンペラン®)は無効であったが、hydroxyzine(アタラックス®)は奏功した。しかし有効な予防法を見出せなかった。

受診3か月前から、これまでとは異なり試験などのストレスがないにもかかわらず、月1回の頻度で嘔吐発作を起こし入院するようになったため当院総合内科を紹介された。

身体所見と問診:身長170cm、体重54㎏。血圧120/72mmHg、脈拍98回/分、体温36.6℃、胸腹部に特記すべき所見なし。
診察時は症状なし。夕食後に嘔吐することが多い。発作の前兆として心窩部違和感や咽頭部違和感を伴うことがある。
下痢は伴わない。人混みに入ると緊張して気分が悪くなることがある。友人と外食に行くと嘔吐することが多い
暑がりで汗をかきやすい。口渇はない。イライラすることは少なく、小さいことを気にする

当院での検査結果:
血液生化学:総蛋白 7.2g/dL、アルブミン 4.8g/dL、総ビリルビン 1.1mg/dL、GOT(AST) 16IU/L、GPT(ALT) 11IU/L、GGTP 15IU/L、LDH 179IU/L、CPK 72IU/L、T-Chol 133mg/dL、TG 85mg/dL、HDL-Cho 50mg/dL、LDL-Cho 70mg/dL、BUN 11.1mg/dL、Cre 0.74mg/dL、Na 141mEq/L、K 4.2mEq/L、Cl 101mEq/L、Glu 97mg/dL、NH3 30μg/dL。
血算:WBC 6000/μL、Neut 62.5%、RBC 507万/μL、Hb 15.8g/dL、Ht 45.1%、Plt 207000/μL。
尿検査:pH 6.0、比重1.031、蛋白±、ケトン体-、WBC認めず。
上部消化管内視鏡:明らかな異常なし。

西洋医学的診断:周期性嘔吐症候群
(※漢方医学的所見は割愛)
漢方医学的診断:嘔吐症状を気逆と捉えた。咽頭部の違和感を梅核気と考え、また腹診所見を心下痞硬と考え半夏厚朴湯証と診断した。

治療:CVSに対してよく処方されるpropranololやamitriptylineという選択肢を考えたが、十分な根拠がないことと副作用の問題があるため、まず漢方薬を処方することにした。半夏厚朴湯7.5g 分3食前を処方した。

経過:(中略)内服開始後速やかに自覚症状は改善した。

内服前は、サークルの発表会や外食の際に気分が悪くなったが内服開始後はそれらの症状は軽減した。

嘔気・嘔吐の症状をNumeric rating scaleで表現すると、嘔吐症状で入院したときの症状が10点満点中10点であり、

発作間欠時に時折生じる軽い嘔気症状が半夏厚朴湯内服前には3-4点であったが、内服開始後には間欠期で2-3点となった。

内服開始2ヵ月後に半夏厚朴湯を5g分2に減量したが症状の悪化はなく、内服開始3ヵ月後の時点で、挺舌時の躊躇、脈の緊張が減少していた。

内服開始後6ヵ月時点では、やはり外食の際には嘔吐するのではないかという不安が残っており、嘔吐のきっかけは食事、特に外食であることが多かったとの発言があった。

以前は周囲に気を遣って外食の際に無理に食べ続けて嘔吐をすることがあったが、

半夏厚朴湯の内服を開始してからは、自分の判断で食事を中断したり、外食の誘いを断ったりできるようになった

経過は良好であり時々内服を忘れるようになったため、本人の希望にて半夏厚朴湯を2.5g分1に減量した。

内服開始6ヵ月が経過した時点で試験や実習を複数回経験したが嘔吐発作は一度も起きていない。

(引用、ここまで)



この症例は無症状時と有症状時の血液検査データが細かく載せてある点が貴重だと思います。

嘔吐発作で入院した時の最初の血液データからはしっかりとしたストレス反応が起こっている事が読み取れます。

例えば、白血球の分画で好中球割合の上昇、ストレスホルモンであるコルチゾールの上昇、血糖値は測定時の食事タイミングが不明ですがストレス性の血糖上昇の可能性があります。

あるいはビリルビンには強い抗酸化作用があるため、それが一過性の高値を示したという事は酸化ストレスにも対応しようとしていたのかもしれません。

ただそうしたストレス反応が総動員されたにも関わらず、結果的に表現型は嘔吐発作をきたしてしまっているという事実が、

この症例のストレス応答が十分に機能していない事を示唆しています。よくみれば、コルチゾールの分泌を上流で調節する下垂体から分泌されるACTHの値はあまりコルチゾールに対応していない印象です。

また同じく下垂体から出る甲状腺ホルモン刺激ホルモンのTSHの分泌も若干悪く、下垂体機能に若干の支障がある可能性があります。

下垂体に支障をきたした遠因にストレス過多に伴う慢性的なコルチゾール過剰分泌状態があった可能性さえあると思います。

要するにこの症例は幼少期からストレス応答系に不備があり、それでもストレスがかかり続ける環境にさらされ続けたわけです。

通常10歳も超えれば自然寛解していくはずの周期性嘔吐症候群が19歳になっても寛解どころか悪化の一途をたどる経過には生来の体質の影響もありますが、

経過文には外食などの食事が増悪因子となっていたとの発言がありました。

私がもしこの症例を診察していたら間違いなく糖質制限を勧めていたと思いますが、

糖質制限関係なしで治してしまった所にこの症例の価値があると思うと同時に、

裏を返せば半夏厚朴湯にそれだけストレスマネジメントのポテンシャルがあるということ、

ひいては糖質制限と同じくらいストレスマネジメントには価値があるという事の逆証明になっていると私は思うわけです。


はたして半夏厚朴湯を飲むことが何故そんなにもストレスマネジメントとなるのか。

考えれば複雑なメカニズムがありそうなのですが、興味があるので次回はその点についてもう少し考察してみたいと思います。


たがしゅう
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リウマチも漢方併用で改善!?

たがしゅう先生こんにちは。

知人♂が昨年9月からユウマチを発症しました。と同時にMTXとステロイドを最大量服用していました。(現代西洋医学では定石)

先日の豚皮揚げを食べる会in京都で堺市鳳の三谷先生の評判を江部先生からお聞きして、すぐに転院、漢方(大防風湯など)と併用を始めた所、みるみる炎症値とMMP-3値が下がり、今日からはMTX、ステロイドが半減となったと今朝連絡くれました(嬉)

以前の最大量のMTXやステロイドが時間差で効いてきたと、前医の先生は反論されるでしょうが(笑)

さらに江部先生のお話では、リウマチも糖質制限で改善する可能性が高いと仰ってたので、さらに勧めてみたいと思います。

昨日の夏井先生のホームページに「糖質制限とビタミンC」の題名で掲載されてるのは、たがしゅう先生ですよね?(笑)
本当にいつもご自身のお身体を献体される所は感謝です。

Re: 記事とは関係ない事でスミマセン

一読者 さん

情報を頂き有難うございます。

Re: リウマチも漢方併用で改善!?

岸和田のセイゲニスト さん

コメント頂き有難うございます。

植物ホルモンなどの生体内物質に類似した構造を持つ物質を利用して症状を改善させるのが漢方の技です。
超多成分系の複雑有機化合物を扱うが故に単純ではなく、上手に効かせるには熟練の技術が重要になってくる世界ですが、
裏を返せば難治病態改善への突破口となるポテンシャルを秘めていると私は考えています。

おそらくおっしゃっている糖質制限とビタミンCの投稿は御指摘の通り私です。
読む方が読めば無記名でも私の文章だとわかってもらえるのですね。
その翌日の夏井先生の化学・科学の師匠の御投稿も大変分かりやすく、興味深い内容でしたね。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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