サイアミディン

ラップ療法との出会い

私は2005年に医師免許を取得した医師です.

医師免許を取得した瞬間から正式に医師となるわけですが,免許取り立ての医師は「研修医」と呼ばれます.

年配の方にとっては「インターン」という方が通りが良いようですが,

インターンは1960年代頃まで医師免許を取る前の修行期間として存在していた,1年程度学生でもない医師でもない中途半端な身分の存在でした.

しかしこのインターンは給与の保証もまったくなく,いわゆる無給労働を強いられていたので,学生側から強い反対運動が起こり,1968年にインターン廃止を定めるよう医師法が改正されました.

法改正により医師免許取得後に2年以上の臨床研修を行うことが義務付けられ,その期間はインターンではなく「研修医」として医師として身分が保障されることになりました.

ところが,それでも依然として労働面や給与面での処遇には問題も多かったようです.
特に私立大学病院の大半では労働者としての扱いすらされておらず、社会保険にも加入できなかったようです.

要するに病院から支払われる給料が薄給すぎて,当直や健診などのアルバイトをよその病院でこなさない限り生活費が稼げないという状況が多かったのです(このあたりの状況はブラックジャックによろしくという漫画の中でも描かれています).

長らくそうした状況が見過ごされてきましたが,研修医の過労死問題などでそういう劣悪な労働環境が表面化され,2004年に臨床研修制度が36年ぶりに改正されるに至りました.

私はその新臨床研修制度での第2期生ということになります.

新しい研修制度はどう変わったかと申しますと,まず2年間は「初期研修医」と呼ばれ,バイトしなくても生活ができる最低限の給料が病院側から支払われることが保証されることになりました.

またその2年間に研修医が習得すべき到達目標が細かく設定され,研修中にレポートを提出したりすることで評価され,目標に到達したとみなされた場合に,厚生労働大臣から晴れて「臨床研修修了証」が公布されるということになります.

さらに新しい臨床研修制度で特徴的なことは,「スーパーローテーション」と呼ばれるシステムです.

以前の研修制度では,例えば神経内科医になりたい場合には,卒業後大学の神経内科の医局に入局して大学や関連の病院で研修することで研鑽を積んでいくというのが通常のパターンでしたが,

このスーパーローテーションでは,仮に神経内科医になりたいと思っていた場合でも少なくとも2年の研修期間の間は,内科,外科,麻酔科,救急科,精神科,産婦人科など様々な科を回って研修しなければなりません.

何でそんな事をしなければならないのかというと,「全人的医療」が行えるようにすることが最大の目的です.

一見関係なさそうに見える科の事でも,実際に経験しておくことで将来的に役に立つことは多々あります.

例えば虫垂炎(いわゆる盲腸)の手術を内科医はしませんが,外科をローテートすれば診断方法を詳しく学ぶことができますし,さらには手術も体験しておくことで,患者さんへの診療や説明にも正確性が出てきます.

それにまだその時点で進路が決まっていないという研修医も多いので,そうした人にとっては2年間の間にいろいろな科を回ることによって自分が将来進むべき科を考える期間にもなります.

一方で,2年間と期間が限られているので,一つの科を回る期間はだいたい1~3か月という短い期間です.

そのような短い期間では各科の事を学ぶには不十分で,研修が中途半端になるのではないかという批判があるのも事実です.

しかし私個人の場合は,スーパーローテーション制度があってよかったと感じています.

私は,初期研修期間中には漠然と内科医にはなりたいとは思っていたものの,具体的に何科の医師になるかはまだ決まっていませんでした.

スーパーローテーションでは絶対に回らなければならない科(内科,外科,救急科など)と,ある程度自分の希望で回るかどうかが選べる選択科(整形外科,眼科,皮膚科,泌尿器科,放射線科など)があります.

私は初期研修ではあえて科を限定せず,選択科の中でできるだけ多くの科を回れるように選んで自分の適性を探すとともに,将来自分ひとりで診療する場合に備えて使えそうな技術をそれぞれの科で習得しようと考えておりました.



さて,初期研修2年目のある時,その選択科の中で私は皮膚科で研修することになりました.

1か月間という短い期間でしたが,ルーペを用いて,皮膚の正常をよく観察したり,その皮膚所見を皮膚科独特の表現でカルテに記載する訓練,水虫が疑われた場合の顕微鏡で菌体を確認する技術,ステロイド軟膏の使い分けなど様々な事を学びました.

その期間の中で,褥瘡(とこずれ)の処置を行わせて頂くこともありました.

ある80代の寝たきりの男性患者さんで,仙骨部というおしりのすぐ上の場所にできた大きな褥瘡ができた方がおられました.

10cmを超える大きさで骨に達するような深い褥瘡でしたが,その時に学んだ処置の方法は,生理食塩水で褥瘡をくまなく洗浄し,その後ゲーベンという白いクリームをその褥瘡のスペースいっぱいに詰め込んで,ガーゼで覆うというものでした.

その方は寝たきりで意志疎通もほとんどできないような方だったので特に痛がる様子もなく,何の疑問も持たずにその治療を毎日続けていました.

1か月の研修期間中,毎日その方の傷のガーゼ交換を行っておりましたが,傷は小さくなることはなく私は皮膚科の研修を終えることになりました.

それから時は経ち私は無事に2年の研修を終えることができました.

しかし結局私は進路を選びかねてしまい,さらに様々な研修ができる病院を探して研修期間を延長することにしました.

初期研修以後の期間に研修を続ける医師を「後期研修医」と呼びます.

後期研修には初期研修医ほど研修を制限する縛られたルールはありません.各病院毎で募集されている後記研修医の枠があり,それを希望する研修医が応募して,病院で定めたルールで研修を行うというものです.

私はとある大病院で「総合診療」の勉強をすべく,研修期間を1年延長することにしました.

その医師3年目のある日,私はその大病院の関連病院である70床くらいの小さな病院の内科診療に携わらせて頂くこととなりました.

そこは療養病棟を持つ病院で,寝たきりの人も多く褥瘡を持っている人もたくさんいました.私は1年ぶりに褥瘡の問題と立ち向かうことになったのです.

ただ1年前と違うのは,初期研修の期間は指導医の指示の下,診療を行っている状況でしたが,後期研修でしかも私の働いている病院の環境下では,当時の院長の理解のもとある程度自分で判断して治療を行う裁量が委ねられていました.

実はこの時,私はある一つの治療法に興味を持っていました.

それは「褥瘡のラップ療法」という治療法です.






鳥谷部俊一先生という内科の先生が提唱された方法で,なんと褥瘡に食品包装用のラップを当てることで褥瘡が治っていくというものでした.

そんな都合のいい話があるのか,と最初は思いましたが,これが勉強していくにつれて非常に理にかなった治療法だということがわかってきたのです.

基本的な治療原理としては褥瘡が治ろうとする自分の力を極力邪魔しないようにするというもので,これは夏井睦先生の湿潤療法の治療原理と通じています.

鳥谷部先生と夏井先生は以前同じ病院で働かれていたことがあり,その時代にケアネットTVという当時スカイパーフェクトTVで放送されていた医療専門チャンネルである討論番組に二人で出演されていました.

その番組には皮膚科と形成外科の先生も出演されていて,従来の治療法とラップ療法のどちらが正しいかという討論がなされていたのですが,

鳥谷部先生の理路整然とされた語り口に私は圧倒されてしまいました.研修医の私の目から見てもこれはラップ療法の圧勝だと感じました.これはすごい治療法だと思いました.

それならばということでそのラップ療法の効果を自分で確かめたいと思ったのです.

そう思い立ってから私は院長に褥瘡がある入院患者さんの傷をラップ療法で治療させてほしいと頼みました.

当時の院長先生も非常に理解がある人で,慎重に経過を見ることを条件に少しずつ取り組むことを許してくださいました.

それからというもの,私はスタッフとともにラップやラップと紙おむつを組み合わせたドレッシング材を大量に作り,褥瘡患者さんへ使用していきました.

ただうまくいくかどうかはまだ不透明だったので,毎日傷の写真をデジタルカメラで撮影して傷の状態を注意深く観察するようにしていました.それでも最初は「もしも傷が悪くなったらどうしよう」という不安も抱えながらやっていました.

ところがそんな不安は杞憂でした.傷はいずれも想像以上にきれいに治っていくのです.

また毎日傷を観察する習慣ができたため,どういう風に傷が治っていくのかというのもこの時にはっきりと学ぶことができました.

これは間違いないと感じ,院内の褥瘡対策委員会に報告し適応範囲を広げ,最終的に私は後期研修が終わる頃には,院内の褥瘡患者さんをすべて任されるとまでに成長していました.

それだけラップ療法が誰にでもできる簡単な方法で劇的な効果を上げる治療法だということだと思います.


ふと,2年目の時に出会った褥瘡患者さんも,もしもラップ療法をしていたらどうだったのだろうと思うことがあります.

ですが私にとってあの時の経験があったからこそ,ラップ療法の効果をより確かに感じることができたのだと思います.

当時の患者さんには結果的に悪いことをしてしまい申し訳なかったですが,負の経験が今の私に確実に活かされています.

紆余曲折あり私は神経内科を専門とすることを選びましたが,

将来的にはこうした傷の治療にも携わりたいと考えています.

その時にはラップ療法,湿潤療法を最大限に活用して行こうと思っています.


たがしゅう
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No title

インターン制度というのはアメリカ由来だと思うのですが本来はドリームジョブへの足掛り、ステップアップ、キャリア形成への一歩として学生にもメリットがあるんですが終身雇用で右肩上がり賃金のの日本だとどうしても奴隷制度になってしまいますね。

湿潤治療を知らなかった頃の大きな傷口痕があるんですが、糖質制限後明らかに小さくなって色が薄くなりました。怪我の治りも早くなってます、界面活性剤といい糖質といい我々の周りは毒ばかりですね。

Re: No title

SLEEP さん

 いつもコメントを頂き有難うございます。

 昔は「研修医は3日寝ずに働いてようやく1人前」というような、今ではおよそ考えられないような過酷な労働環境であったようです。

 今はそうした待遇面や労働環境という意味では大分改善したと言えますが、研修の質がどうかということが今問われています。それは今後私達のような新臨床研修制度世代がどういう医療を展開していくかという事に関わってくるのではないかと思っています。気を引き締めて頑張りたいと思います。

> 湿潤治療を知らなかった頃の大きな傷口痕があるんですが、糖質制限後明らかに小さくなって色が薄くなりました。怪我の治りも早くなってます、界面活性剤といい糖質といい我々の周りは毒ばかりですね。

 糖質制限で全身の代謝・血流がよくなることで傷の治りもよくなっていくのでしょうね。

 ご指摘のように、糖質と界面活性剤は身の回りにはびこる2大毒だと思います。

No title

私は、先生が研修医になる頃には、とっくに在宅やってました←年齢を感じてしまいます。

先生がなぜに湿潤からこちらへと疑問に思ってたので、なぞが解けました。

私も、その頃、在宅で、本当にラップをするまでもなく、ひどい褥瘡でも温水洗浄(なかには、酸性水で)かなり改善するので、驚いてました。

Re: No title

Chie さん

 コメント頂き有難うございます。

 最初にラップ療法をするときは私もおっかなびっくりでしたが、効果は明らかでした。

 しかも治療原理がシンプルですので、専門的な知識を要しません。基礎的な傷の見方だけわかっていれば誰でも実践できる治療法です。もっと世の中に広まってほしいと思います。

よくわかりました

研修医制度のことが書かれていて、とてもよくわかりました。
私は医療関係者じゃないので制度のことはよくわからず、インターンと言うと、周りの人もそうですが、かっこいいね!と言う知識でした。。。

ラップ療法、なるほどと思いました。
火傷で、皮をきり取られてもられても、すぐに皮膚が再生してくるのは、自然治癒力ですね。
残念ながら、この近くには湿潤療法の皮膚科がありません。
できて欲しいです。

ちなみに、私は健康のためにアロマテラピーを生活に取り入れています。メディカルアロマセラピーですね。
風邪予防、インフルエンザ対応、手荒れ、うつなど役立つ場面はたくさんあります。時々ですが、セミナーで教えることもあります。

あと、妹や母が糖質制限生活をしています。
高血圧の薬を飲みたくないからだそうです。
妹は医薬関係の仕事をしていたこともあり、薬を飲みたくないなら痩せないとと、母をサポートしています。
実家に帰ったときに、太ってた母がずいぶん痩せた姿に衝撃を受け、私も糖質制限少しやっていましたが、今は子どもたちと普通にご飯など食べています。。。


Re: よくわかりました

なかたに さん

 コメント頂き有難うございます。

 糖質制限にしても、湿潤療法にしても、理屈は非常にシンプルです。
 専門家でないとわからないような複雑な話ではありません。

 その専門家が近くにやってくるのを待つよりも、自分で勉強して理解するのが一番だと思います。
 医師は頭がいいからそんな事ができるんだと思われるかもしれませんが、そんな事はありません。私は内側にいる人間だから特にその事がよくわかります。

 要は、「自分で考えようとする姿勢」を持っているか否か、それが大事な事だと思います。
プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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