サイアミディン

本当の自分の道を進むために

生まれたばかりのヒトの子は、

親の支えがなければ生きていくことができないひ弱な存在です。

親は我が子のために必死になってこどもを守り、

こどもは親によって守られたその道を進みます。

守られながら成長していく中で、

次第に自我や自立心が芽生えていき、

やがて雛鳥が巣を旅立つかの如く、

親から離れて自分の道を進んでいく事になるわけですが、

果たしてヒトである私達は本当に自分の道を進むことができているでしょうか。

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いじめのトンネルから抜け出すには

本日は私の幼少時代の話をさらけ出してみようと思います。

私は小さい頃から肥満児でした。だからかどうかわかりませんが、小学校の頃、私は同級生からいじめられた経験があります。

テレビドラマなどで描写される生徒が複数人のいじめグループから様々ないじめ行為を受けるという場面、あれは私は実感を持って感じることができます。

ただ、私の経験したいじめは数人の同級生からの罵声や罵倒が中心で、暴力によるいじめはさほどありませんでした。

いじめグループの人数もそれほど多くなく、その他大勢の同級生は私へのいじめに直接加担してはいませんでしたが、見て見ぬふりをされていました。

この状況により当時の私はその先の将来をお先真っ暗、絶望的に感じられた事を今でも覚えています。

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毎日ブログが人を成長させる

2013年9月1日、自分に何が書けるかわからないけれど、

とりあえず毎日糖質制限にまつわる何かを書き記していこうという想いで見切り発車気味に始めた「たがしゅうブログ」。

日々の想いや体験を中心に書き記し、自分の内面にも思いを巡らせつつ、読者の皆さんからの叱咤激励をもらいながら、約1年半ほど毎日書き続けてきました。

いろいろあって一旦毎日書く事から身を離し書ける時に書くというゆとりのあるスタンスに切り替えて、同じく約1年半程の時間を過ごしました。

図らずも双方が同じくらいの時間となりましたが、その経験を経て再び調子を取り戻し、毎日書くスタンスに復帰することができました。

こうした紆余曲折のブログ経験から感じた事は、「毎日書き続ける方が思考が充実する」ということです。

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パーソナルスペースの重要性

「パーソナルスペース」という言葉があります。

他人に近付かれると不快に感じる空間のことで、一般に、親密な相手ほどパーソナルスペースは狭く、ある程度近付いても不快さを感じません。

逆に敵視している相手に対してはパーソナルスペースは広く、ある程度距離をとっていても不快さを感じてしまいます。

私は今までFacebookやLineの雰囲気に違和感を感じ積極的には利用してきませんでしたが、その理由が最近なんとなくわかってきたように思います。

それは、これらのツールがパーソナルスペースを大きく侵害しうる潜在能力を持っているということです。

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「です」と「ですね」の違い

人に上下関係を作る競争社会、

人に優劣をつけないゆとり社会、

どちらが優れているかと言えるようなものでもないのでしょうが、

世界の平和を願うなら、後者のスタンスを重視すべきだと私は考えています。

ほめてはいけない承認欲求を小さく持つ少欲、知足

様々な偉人からそのような理想への手がかりを教えてもらったように思います。

人はそれぞれの立場で広い平面の上をさまざまな方向へ自由に歩いている。そこに優劣はありません。

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2016年を振り返る

2016年最後の日となりました。

今年は昨年からの流れに続いてペースダウンのまま記事を書き続けていましたが後半にようやく勘を取り戻し、

この記事も含めてこの1年で171の記事を公開させて頂きました。恒例ですので1年を振り返ってみたいと思います。


蛭子能収さんの「ひとりぼっちを笑うな」という本の紹介から始めた1年でした。

「友だちは作ろうと思って作る必要はない。気が付けば自然とできているものだ」という思想は、タモリさんビートたけしさんも同様の事をおっしゃっています。

こうしたメッセージは孤軍奮闘で糖質制限を推奨し続ける私のような人間にとっては大変心に響きました。

またその思想は「嫌われる勇気」、自分の考え方次第で世界は如何様にも良くすることができるという「アドラー心理学」へも通じ、御三方はさながらアドラー心理学の実践者であるようにも思えました。

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我の強い言葉は受け流す

長く患者さんへの糖質制限指導をしていると、

このまま説明を続けても相手が理解してくれることはきっとないだろうなと思う瞬間が何となくわかるようになってきます。

そういう時は相手をどうこうしようという発想を捨て、自然の流れに身を任せるようにします。つまり説明するのを諦めます。

糖質制限を伝えたいのに説明をしないというのは、一見その目的から最も遠ざかる行為であるように思えますが、

「急がば回れ」、これが一番の近道であるかもしれません。

あるいは、ブログやSNSでも様々な意見が飛び交っていますが、

中に非常に長い文章で自分の意見が書かれているのを目にすることがあります。

そうした内容を読んで私は、ある種の凄さを感じると同時に、「この人はもしも反対意見を述べられたとしても、おそらくそれを認める事はないのだろうな」という諦めにも似た感覚を覚える事があります。

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排泄物を最小限にする

ブログを書いている私のことを読者の皆さんはまめな人間だと思われているかもしれませんが、

私は結構面倒臭がりな人間です。例えば、部屋の掃除など後でもできる事はいつまでも後回しにしてしまったりしています。

ブログは面倒臭いよりも書きたい気持ちの方が上回るために書いているだけの話なんです。

面倒くさいで言えば、私は月に数回ある当直の時、着替えもせずに白衣を脱ぐくらいでそのまま眠り込んだりしています。

どうせまたすぐ呼ばれるであろうという事で、呼ばれたらさっと行けるようにと言えば多少聞こえはいいですが、また服着てなんぞしてというのが面倒くさいのですよね。

ただ、そうしていてふと思ったのですが、着替えもせず風呂にも入らず48時間近く過ごしているというのに、

私の身体がそんなに汚くなっていないという事に気が付きました。

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糖質制限と恋愛

私は現在独身の身なのですが、

糖質制限は健康の基本という考えを持つ私にとって、

恋愛をするのは実はなかなか難しい事となってしまっています。

糖質制限や断食を通じてありのままの美しさを感じる柔らかい心が鍛えられたまでは良かったのですが、

美しいと思う人の中で糖質制限をやっている人はやっぱりまだマイノリティで、ほとんどはやっぱり糖質を基本に生きている人達です。

そういう人と恋愛し付き合うとなれば、自分は糖質制限、相手は糖質非制限という状況を許容しなければならなくなります。

最初はよくてもそんな状況が長く続けば愛想をつかされる事になりかねませんし、

よしんば相手が自分の糖質制限を理解してくれたとしても、愛する人を不健康にするかもしれない糖質非制限生活を私はパートナーとして見過ごす事はできません。

そんな事をごちゃごちゃと考えていると、とどのつまり恋愛には手を出さないのが無難という消極的思考に陥ってしまうのです。

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がんじがらめにならない

糖質制限をめぐっては全国津々浦々様々なグループが立ち上がり、盛り上がりを見せています。

インターネット上の集まりからオフ会までその数はかなりのものになっていると思います。

ヒトは群れる動物」ですのでグループが出来上がるのは必然だと思いますし、

グループの中でしか得られない情報やそれを共有する事で得られる一体感、団結心なども得難いものだと思います。

ただ私自身はグループの中にどっぷりと浸かる事を好まない人間です。

なぜならばグループに属せば属すほど自らの自由度が失われていってしまうからです。

またグループを作る事でグループに入っている人達とそうでない人達との間で意識的にせよ無意識的にせよ、区別、下手したら優劣の概念が生まれます

真に糖質制限が広まっていくためには、公平性という考え方が不可欠であるように私は思うのです。

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プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
漢方好きの神経内科医です。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

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