サイアミディン

他人の意見を自分の中で組み直す

自分は素人だから医学の難しいことはわからないから、

〇〇先生の言うことを信じてその通りに行動するのでどうすればいいか教えて下さい」とのスタンスで、

様々な先生の言うことを取り入れてはその通りに行動し、

不安を解消するためにいろいろな人に質問し続けるも、

質問すればするほどなぜか不安が増してコントロールできなくなっている、という方を時々見かけることがあります。

なぜ様々な先生の良い所を取り入れているはずなのに、不安まみれになってしまうのでしょうか。

本日はそうなってしまう理由を少し踏み込んで考えてみたいと思います。

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あえて減薬を勧めない時

私は西洋薬全般に対して、その本質は結局のところ対症療法であって、

何一つ病気を治せていないということに糖質制限を通じて気付き、以来積極的減薬推奨派のスタンスをとっています。

減薬をするかどうかの意思は本人に委ねるのが基本です。

なぜならば本人が希望していない減薬を行うと、たとえ理論的には良いことだとしても本人のストレスになるおそれがあるからです。

しかしながら、私は過去に本人が減薬を希望していたにも関わらず、減薬がうまくいかなかった失敗を経験しています。

またこれまでにポリファーマシーと呼ばれる10剤、20剤処方されている状態の減薬についても積極的に取り組んでいた時もありました。

しかし経験上、理論的には良くなる方へ行くはずの減薬であっても、必ずしもうまくいかないという症例に稀でなく出会いました。

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向精神薬の常用はストレスマネジメントを弱らせる

私が糖質制限指導をし始めて6年以上になりますが、

経験上、糖質制限でトラブルをきたすことが多いパターンとして、

基本的にはやせ型体型の人にそういう人が多い印象を持っています。

肥満体質の人は私がそうであるように、一定以下にはやせない代わりに体調のトラブルは指導していてもそんなには問題にならないことの方が多いです。

ただし、肥満体質の人でも例外的にトラブルを起こしやすいパターンがあります。

それは向精神薬を常用されているという方です。

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自分を知るために他人を見る

不思議なことに他人のことは客観的に見る事ができても、

自分のことを客観的に見ることは難しいということを時々感じることがあります。

先日、私のブログを読んでくれている友人から、私の語彙力が多いことを褒めてもらうという出来事がありました。

それを聞いて私は非常に意外に感じました。私にはプロの作家さん達がするような込み入った文章を書きあげることは到底できないし、

むしろ自分の語彙力は少ないと思っていて、平易な文章で伝えることこそ自分のオリジナリティだとさえ思っていたようなところがあるくらいです。

あくまでも一個人の意見であり、本当に私の語彙が多いかどうかは別にしても、

いかに自分が自分の事を見れていないかという事を考えさせられる出来事でした。

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パターナリズムからの真の脱却

ひと昔前のインターネットが存在していなかった時代は、

医師と患者の間にはとてつもない医療情報の格差がありました。

例えば自分の病気について知りたくても、今のようにスマホやパソコンで気軽に検索することができるはずもなく、

それこそ図書館に行って専門書にアプローチするくらいしか自分の病気に対する正確な情報を得る手段はなかったのではないでしょうか。

ましてや今やネットにあふれる病気についてわかりやすく解説しているような情報に触れる機会などまるでなかったであろうと想像されます。

そのような状況の中では、医師と患者との間に絶対的な情報の非対称性があるという事になります。

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主体性は上達の元

先日とある訪問診療系の症例検討会に参加してきました。

一人の症例に対して医師、看護師、理学療法士、医療ソーシャルワーカーといった多職種が

その患者にどのように関わり、どのような経過をたどったかということをそれぞれがパワーポイントを用いて発表されていました。

それぞれがその患者さんの情報を事細かに述べて、経過もかなり詳しく述べられており、その内容もすべて配布資料として配られるという親切さだったのですが、

残念ながら、私が把握できたのは症例の大まかな流れだけでした。

なぜならば与えられる情報のほとんどが文字情報であったからです。

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コレステロールにも人生を支配されない

以前、私は「血糖値に人生を支配されない」という記事を書きました。

従来のカロリー制限では、十分な血糖コントロールを図るのが困難であったため、

患者さんは何も考えていなければ言わば自分の健康を医療へゆだねるしかないという状況があったかと思います。あるいは今でもほとんどはそうかもしれません。

それが糖質制限の普及によって少なくとも血糖コントロールに関しては医療に頼らずに自分の意思でコントロールしやすい状況になりました。

ところが今度は医療に依存する代わりに、血糖値に依存するという状況が出てきてしまいました。

血糖値変動がその都度気になり、少々血糖値が変動しただけでも不安があおられてしまい、さらにその不安がストレスとなって血糖値を上昇させ、さらに不安が増幅してしまうという悪循環です。

ある意味それは、カロリー制限だけしか選択肢がなかった時代には存在しなかった不安であるように思います。

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幸せな結婚の為の厳しい恋愛

一般的な人付き合いの中で人に優しくすることは、さほど難しいことではないように思います。

言い換えれば、仕事上で付き合う人達とのコミュニケーションのハードルはそんなに高くないということです。

たとえ相手のことがそんなに好きではなくとも、会釈、愛想笑い、社交辞令と言った言葉があるように、

一緒に笑顔で語り合うようなことも、自分の心にゆとりさえあれば行うことができます。

しかし、恋人とか夫婦とか、パーソナルスペースが狭くても大丈夫な間柄にまでなった人とのコミュニケーションは、

そうした一般的なコミュニケーションよりも難しい行為であるように私は思います。

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共感が笑いを生み出す

先日糖質制限講演会の講師をして一つ思ったのは、

講演で笑いを取るというのはとても大事だけど、とても難しいということです。

私は大きな講演会での初講師ということもあって、緊張で笑いを取る余裕が全くありませんでした。

対して第二部の江部先生の講演では、ところどころに笑いが生まれ、終始なごやかなムードで講演が繰り広げられました。

次回以降は単に自分の想いを伝えるというだけでなく、聞いてくれる人に心地よく聞いてもらえるよう工夫しようと考えた次第です。

そんな中、先日当直をしている時にたまたま見ていたNHK Eテレの番組で「芸人先生」というのがありました。

お笑い芸人の方がビジネスマンに対してお笑いの技術を応用してビジネスに役立つコツを講義するという内容の番組です。

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自分らしく生きるための一貫性

小説「最後の医者は桜を見上げて君を想う」を読んだ友人と感想を語り合っている時、

その友人から次のような意見を聞きました。

「でもがんは発見が早期だと治るからそこが難しいですよね。もしも自分が手遅れの状況だったら自分も積極的な治療は止めようと思いました。」

つまり、友人は病気の発見が早期であれば現代医療のレールに乗るけれど、発見が早期でなければ乗らないのだというのです。
言い換えれば早期なら病気と闘う、末期なら病気と闘わない、ということになるでしょうか。

それはある意味、この小説を読んだ大多数の人が行き着く着地点であるのかもしれません。

私はそのスタンスでは一貫性がないように思います。

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プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
漢方好きの神経内科医です。
南鹿児島さくら病院にいます。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。

南鹿児島さくら病院では職員を随時募集中です。
詳しくはホームページhttp://www.nissyoukai.or.jp/
を御覧になって下さい。
見学申し込みもお気軽にどうぞ。

※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。

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