その典型的な例が肥満があるのに低栄養とされる
新型栄養失調や
サルコペニア肥満と呼ばれる状態です。
脂肪は本来エネルギーの貯蓄タンクの役割をしていますが、これらの状態ではそこにふんだんに脂肪エネルギーがあるにも関わらず、タンパク質のエネルギーを切り崩してやりくりしている状況となっています。
タンパク質を使うというのは言わば最終手段です。なぜ身体は大量エネルギータンクの脂肪を無視して、生命維持に必須のタンパク質を分解するという不可解な現象を起こすのでしょうか。
その最大の原因になっているのが糖質です。
糖質を摂取し、血糖値が上がり、インスリンが分泌されれば、
その働きによって上がり過ぎた血糖は脂肪に変換されます。つまり代謝は脂肪蓄積の方向へ向かいます。
脂肪をエネルギーとして使いたい状況において、そのように代謝が逆方向に切り替わる事が、「そこに脂肪があるのに使えないという状況を生み出しているのです。
従って糖質を制限すれば、血糖の乱高下を避ける事ができるのでかなり代謝を安定化させる事ができます。
そうなればたいていの人について、栄養を有効に使える状況が生まれるわけです。
しかし残念ながらそれだけではうまくいかないケースが現実には存在します。
確かに糖質は代謝を乱す大きな要因ですが、もっと広く見れば食べる事自体が「代謝を乱す要因」です。
例えばタンパク質を食べてもインスリンとグルカゴンというホルモンが同時に分泌されます。
血糖値を上げるグルカゴンと血糖値を下げるインスリンで相殺され血糖値こそ変わりませんが、インスリンの作用を受け脂肪蓄積方向に代謝がシフトします。
これは糖質ゼロにしていても体重が標準まで下がりきらない人の一つの大きな要因ではないかと私は考えています。
一方逆にやせ型の人で、糖質制限を守り、しっかり脂質やタンパク質を取っているにも関わらず、全然太れないという方もいらっしゃいますが、
これはエネルギーを体内に取り込みにくい腸内細菌(バクテロイデス属など)が間に介在している事や、消化管の機能そのものが障害されている事が関与しているのではないかと私は考えています。
そして糖質制限をしても精神症状が改善しないという人も、その延長線上に存在するのではないかと思っています。
こうした方々にとっては、そこに栄養素があること以上に「代謝が乱されていないこと」が重要だと私は思うわけです。
そう思う根拠として、絶食療法の実例を紹介します。
ロシアのゴリアチンスク診療所では、約60年にわたる絶食療法の経験があります。
その診療所の精神科医ニコラエフ医師は、それまで精神疾患の患者に向精神薬を使っておとなしくさせようとしていましたが、
その治療があまりにも人間性を損なうものであった事に疑問を感じ、
食事を無理に与えるのではなく、患者の意思に任せてみようと食べたくなるまで食事を出さないようにしてみた事がこの診療所における絶食療法の始まりでした。
するといかなる薬でも元気を取り戻せなかった患者が、5日、10日と絶食を続けていくうちに、徐々に元気を取り戻していったのです。
その後、ニコラエフ医師は絶食療法が統合失調症、うつ病、不安神経症など様々な精神疾患に有効である事を実証していきました。
単なるラッキーパンチではなく、絶食療法には精神疾患を治す確かな力があったのです。
しかし絶食となれば、先程来私が申し上げている精神の安定化に重要な脂質やタンパク質を外から確保することはできません。
一見主張が矛盾するようですが、実は矛盾しません。それどころか最も有効な方法となりうる可能性が見えてきます。
なぜならば絶食療法であれば、「食べること自体で生じる代謝の悪化要因」を完全に排除する事ができます。これ以上ない代謝の安定化を図ることができます。
次に絶食状態であれば優先的に使われるエネルギーは燃費のいい脂肪です。これまた絶食は脂肪エネルギーを使わせるための最強の刺激となります。
ちなみに普通の体格で体脂肪10%くらいのやせの人でも水だけで1ヶ月はゆうに生き延びられる脂肪が蓄えられていると言われています。よほどの状況でない限りはそれでも脂肪はしっかり存在しています。
さらに絶食中はオートファジーという自己タンパク消化再利用システムが活性化し、タンパク質の喪失が最小限で済むように働きかけます。
もちろん絶食中は糖質制限と同様に脂質とタンパク質を利用してブドウ糖を一定の値に保持しようとします。
ただ糖質制限と違いいつかは材料がなくなるので徐々に血糖値が下がっていきますが、
それを代替エネルギーのケトン体が補いますし、特に脂肪が十分ある人は一週間程度の絶食では60mg/dL程度までしか血糖値は下がりません。
従って一般的な絶食療法(断食)において栄養失調はそう簡単には起こらないのです。
もっと絶食療法について知りたい方は
こちらも参考にしてみて下さい。
ともあれ精神症状と食を考える時には、
精神安定化のための栄養素を「プラスする」という発想以上に
栄養素を使わせないようにする代謝を乱す要因を「マイナスする」という発想が、
極めて重要だと私は考えています。
たがしゅう