主体的医療の本質は患者と医者との間の対等なコミュニケーションにある可能性が見えてきました。
しかしながら、患者が求めていることと医者が正しいと思っていることにしばしば食い違いが生じることがコミュニケーションの妨げとなっている側面があります。
先日のてんかん講演会でも、同じ安心・安全の医療でも医師にとってと患者にとってのそれが全く違うということが紹介されていました。
医者にとって安心・安全の医療は、科学的に理屈が説明できて標準的なガイドラインに載っている治療法を提供することかもしれませんが、
患者にとっては副作用があるのかどうかとか、担当医が信頼できるかということの方が安心・安全のための関心事ではないかと思います。
例えば私が患者さんとの信頼関係を構築していたとしたら、
もしもその患者さんの病気を、科学的には何故効くのかは分からないけれど、ホメオパシーを使って治したとしたら、
その患者さんは、理由が説明できずガイドラインにも載っていない治療を施したことに対して、患者さんは不安を感じて私へクレームを告げるでしょうか。
きっと私との出会いに感謝してくれるのではないでしょうか。
このように患者感覚と医者常識のギャップを意識してそれを埋め合わせることが、
良好な患者医師関係を構築し、主体的医療の礎となるのではないかと思います。
それは口で言うのは簡単ですが、
実際に実践するのは容易ではありません。
なぜならば患者感覚は人によって千差万別だからです。
例えば医者が血液検査を行って、その結果を説明するという場面を想像してみます。
人によっては細かい血液検査の項目をひとつひとつ説明するよりも、
全体を俯瞰して「大丈夫」の一言を言ってもらうことで満足する人もいれば、
やはり細かく説明をしてもらわないと満足できない人もいるのではないかと思います。
ここに患者の遠慮という概念が挟まれば、患者の満足度を高めるためにどうすればいいかについて医師は方向性を見失うことになりかねません。
意識のギャップを埋めるために対等かつ円滑なコミュニケーションをとることができれば、
主体的医療の真価が発揮されるのではないでしょうか。
たがしゅう
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良い関係が築けたら、それは素敵な事だと思います。
そのとおりです。しかし、現実には良い関係が築けてないことも多いように感じます。そしてそれは、医者と患者だけではなく、医者と看護師、医者と受付、医者とその他の医療スタッフとの関係にもいえることです。
まずは、職場内でもいい人間関係が築けていけるよう今日も頑張ろうと思います。