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非我慢のススメ

category - ふと思った事
2018/ 08/ 27
                 
企業にしても、病院にしても、ブラック化する背景には、

そのコミュニティに属するメンバーの小さな我慢の蓄積が隠れているということを以前指摘しました

ということは、ブラック化を防ぐためには、我慢をやめた方がいいということになるかもしれません。

しかもまだ我慢が小さい早い段階で解消すべきです。なぜならば我慢が大きくなり過ぎて破綻した時には多くの場合、取り返しがつかないことになってしまうからです。

疲れたら疲れたと言う。行きたくない誘いはきっぱりと異なる。サービス残業は一切しない。

しかし、はたしてそれで本当によいのでしょうか。
            

冷静になって考えてみれば、世の中には明らかに「するべき我慢」というものがあります。

例えば見知らぬ通りすがりの女性にいきなり抱きつくような行為は決して行うべきではありません。我慢すべきです。

なぜ我慢すべきかと問われたら、相手の気持ちになれば嫌に決まっているし、法に触れるからなど色々な理由が出てくるでしょう。

しかしよくよく考えてみれば、野生動物の世界ではオスがいきなりメスに抱きつくような行為は起こっていて然るべきです。

では、なぜ野生動物の世界では我慢していないのに、人間の世界では我慢しなければならないのでしょうか。

それは人間の世界に生まれた言葉、思考、概念があるからではないでしょうか。

つまり一言で言えば人為が加わった故に、私達は我慢をしなければならなくなったとも言えます。

それは人為により生み出された特定の文化的価値観の中での集団社会生活の秩序を守るために必要となった我慢だと言うこともできるでしょう。

しかしここで、我慢していることの本質について目を向けてみましょう。

街でいきなり女性に抱きつくのは人間世界でこそ逮捕されてしまいますが、

その本質は相手への求愛、ただ単純に相手が好きだという気持ちから来ているはずです。

人為さえなければその我慢した行為の中には極めて純粋なものがあったはずなのです。

ここで私はだから何でも我慢をしてはいけないと言いたいわけではありません。

一番言いたいことは「我慢の裏側に自分が本当にやりたいことのヒントがある」ということです。

何をどうすればわからなくなった時にはそこからヒントを得て人生の目標を見出し、

あとはその目標に向けて現実社会の中で人為的な工夫を駆使していかに折り合いをつけていくかを考えていけばよいのではないかと、

そんなことをふと思った次第です。


たがしゅう

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