糖質制限はよくないとする人達の主張その4は「
糖質制限によって細胞内低酸素になりやすい」です。
糖質制限でうまく行っている人にとっては、にわかに信じられないような話ですが、くだんの講演会ではこのような主張もありました。
その理由を説明するキーワードとして「呼吸商」と「ボーア効果」というのが挙げられていました。
「呼吸商」というのは、私達の身体がエネルギーを使用する際に放出した二酸化炭素の量を、消費した酸素の量で割って導いた比のことをいいます。
例えば、糖質の代表格であるグルコースが酸素を用いてエネルギーに変換される際には次のような化学反応が起こります。
C
6H
12O
6(グルコース)+6O
2(酸素)→6CO
2(二酸化炭素)+6H
2O(水)
この場合グルコースをエネルギー源にした場合の呼吸商は6CO
2/6O
2=6/6=「1.0」ということになります。
このように化学変化式によって導かれる酸素と二酸化炭素の分子量比を計算して、
エネルギー源となりうる三大栄養素の呼吸商を導いていくと、
一般に糖質では1.0、タンパク質では0.8、脂質では0.7、だいたいそのくらいの値になります。
ここで脂質の呼吸商が低いというのが意味することは何かといいますと、
一定の酸素使用によって脂質からエネルギーが生み出される時に二酸化炭素の排泄がより少ないということを意味します。
この生理学的事実は実臨床では肺炎や慢性閉塞性肺疾患といった呼吸器疾患の治療に応用されます。
なぜならば肺機能が重度に障害された呼吸器疾患では、肺胞における酸素と二酸化炭素のガス交換がうまくいかないために、
本来排泄すべき二酸化炭素が体内に蓄積するため、CO2ナルコーシスと呼ばれる意識障害、頭痛、吐き気などからひいては呼吸停止をきたしうる二酸化炭素中毒とも言うべき状態が引き起こされやすくなるので、
二酸化炭素を排出しにくくする脂質を主たるエネルギー源とすれば、CO2ナルコーシスになりにくいということで、
呼吸器疾患の患者さんには、一般的に高脂質、低炭水化物の栄養を与えることが求められています。
一方で「ボーア効果」というのは、
血液の中で二酸化炭素の分圧が高くなれば、酸素を運ぶヘモグロビンと酸素との結合力が弱まるという生理学的事実を示したものです。
先程のCO2ナルコーシスが高じると呼吸停止に至る理由も実は「ボーア効果」で説明が可能です。
CO2ナルコーシスは究極的に二酸化炭素分圧が高まった状態です。
呼吸とは平たく言えば酸素を取り入れて二酸化炭素を出すプロセスですが、
二酸化炭素分圧が高い状態では「ボーア効果」により酸素がヘモグロビンから離れやすくなっていますので、
身体がもう酸素は十分組織に行き届いているから呼吸する必要はないと誤認してしまい、呼吸停止が起こると言われているのです。
特にこういう状況でさらに外部から酸素を投与すると途端に呼吸が停止することが知られていますので、CO2ナルコーシスへの酸素投与はなるべく低めに抑えるのが原則となっています。
こういう話をもとにして、二酸化炭素は組織に酸素を送り届ける妙薬だとする解釈があります。以前当ブログで紹介した崎谷氏も同様の主張があったと思います。
そして今回の主張「糖質制限によって細胞内低酸素になりやすい」ということの理由はこれらを組み合わせて展開されます。
即ち「呼吸商が低く酸素を組織に届ける妙薬である二酸化炭素を作れない脂質をたくさん摂る糖質制限は、長く続けていると細胞内低酸素状態を作る」という論理です。
はたしてこれを皆様どのように感じられますでしょうか。
まず「二酸化炭素が組織に酸素を届ける妙薬」という解釈が大変恣意的です。
二酸化炭素がたまるという状況は、基本的には呼吸がうまくできていない状況を指します。
そんな呼吸がうまくできない状況でも、なんとか酸素が組織へと送り届けられるようにと生体が準備した緊急避難システムが「ボーア効果」だと考える方が、
CO2ナルコーシスで認められる事実や、ボーア効果での事実、呼吸器疾患に脂肪製剤が有効な事実などと矛盾がないように私は思います。
また糖質制限状態が二酸化炭素欠乏で、糖質摂取状態が二酸化炭素充足なのかと言われたら、その見方も大変恣意的です。
糖質摂取であろうと糖質制限であろうと、一つひとつの細胞で産生される二酸化炭素の量は違えど、血液中の二酸化炭素分圧は40mmHg前後と一定に保たれます。
それは二酸化炭素以外にも生体内の酸塩基平衡バランスを整えるための様々な物質が相互に複雑に絡み合っているからです。
だから二酸化炭素の産生量が少ないことが即ボーア効果につながるわけではありません。あくまでもボーア効果がもたらされるのは二酸化炭素分圧が変化した時の話です。
糖質制限状態において二酸化炭素分圧が変化しないというのは、私が2013年に実施した3日間、8日間断食実験の際に確認済みです。
ちなみに3日以上の断食になれば、急激に上昇し過ぎた酸性のケトン体に伴って一過性のアシドーシスを生じ、
それを補正しようと酸性の二酸化炭素分圧が下がり、アルカリ性の重炭酸イオンが上がるというデータ変化が起こります。
この時は流石に一時的な細胞内低酸素状態となり細胞内ストレスがかかっている可能性があります。体感的にもアシドーシスの時期はきつさを感じるものです。
しかしそれは絶食状態持続の危機を脱する目的で細胞にエピジェネティック(後天的遺伝)な変化を起こさせるための緊急避難的適応反応にも思えます。
要するにここまで極端な状況に持っていって初めて細胞内低酸素状態がもたらされうるのであって、
糖質制限で体調良好な人が細胞内低酸素になっているなど、体感という事実と合致しないと私は思います。
たがしゅう
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