たがしゅうブログ

糖質制限推進派の神経内科医が日常感じた出来事を書き連ねていきます.

糖質制限反対派が抱えているかもしれない苦しみ

一般社団法人エンドオブライフケア協会理事の小澤竹俊先生の御講演について紹介しましたが、

小澤先生は「すべての苦しみは目に見えるとは限らない」ということもおっしゃっていました。

はたから見れば苦しんでいないように見える人でも、人知れず苦しんでいるということは十分にありえるということです。

ということで今日はあえてこんなことを考えてみたいと思います。

糖質制限を認めようとしない医師達が人知れず抱えているかもしれない苦しみについてです。
あるベテランの医師は糖尿病に関連する学会において重鎮と呼ばれるポジションにいて、

糖質摂取を前提とした糖尿病患者の病態や治療法の開発に関わる研究論文をたくさん執筆していて、

その世界では世界的権威と呼ばれているものとします。

その影響力の大きさからこの先生の論文は世界中の様々な研究者から引用され、

多数の製薬会社からも教育講演や特別講演を依頼されるような存在でもあります。

またこの先生には奥さんと子供が二人、二人の子供は父親の背中を見て、同じく医学の世界に入り二人とも新進気鋭の若手医師として注目されています。

地位も名声も得て、家族にも裕福な暮らしをさせられる程に稼ぐこともでき、

まさに今まで頑張って研究してきた結果だとその幸せを噛み締めながら過ごしていたある日、

糖質制限という食事療法が俄かに脚光を浴び、その食事療法を行うことで今までの治療では考えられないほど良好な治療効果をおさめることができているとの報告を耳にします。

最初は誰かのたわごとだとか、そんな怪しい治療法は黙っていてもすぐに消えてなくなるとたかをくくっていた所、

予想に反してその食事療法のムーブメントは次第に大きなものへと変わっていく様子を目の当たりにします。

エビデンスも出てきます。支持者も増えていく一方です。

さてもしもあなたがこの先生の立場にあるとすれば、どのように感じ、どんな行動に出るでしょうか。

これはあくまでも仮の話なので、本当の意味でその先生の立場にならない限り想像できない心情もあるかとは思いますが、

少なくとも素直に「今までの治療法は間違っていました。ごめんなさい。」と言うのはかなり難しいということは想像に難くないように思います。

そして、さらに思考を深めて、この先生にもたらされる苦しみにはどんなものがあるでしょうか。

世界的権威と称された自らのポジションが崩れる可能性はまずあると思います。

もしもまた糖質制限を認めたら製薬会社からの資金援助も得られなくなるかもしれません。

地位にも名誉にも傷が付き、収入も下がるだけでなく、

自分だけならまだしも、家族の名誉も傷をつけられてしまうかもしれません。それだけは父親の立場として許しがたいことです。

だからもし薄々は自分のやり方が間違っていたかもしれないと思っていたとしても、

もはや引き返せない、単純にプライドだけの問題ではない、

糖質制限を認めてしまえば、自分だけでなく自分が関わる多数の人や組織、ひいては患者さん達に多大なる不信頼を与えてしまうことになってしまう、それだけは避けねばならない。

だから糖質制限を認めないことによって何とか苦しみから逃れようとしている、と。

糖質制限批判派の急先鋒の医師達をそんな風に捉えてみるとどうでしょうか。

それでも従来治療の弊害を長年受け続けてきた立場の人からすれば許せないかもしれません。

ただ、これだけは言えます。
人をおとしめようとするために医師になる人間は一人たりともいないということを。

その医師達も患者を苦しめたくて従来治療を行っているわけではないのです。

良かれと思ってやってきたことにたまたま重大な欠陥があり、その事に気付かないまま長い年月が経ち、

もはや引き返せないほどに問題がこじれてしまったという、言わば社会全体に潜む病理の一表現型なのです。

もはやその医師一人が過ちを認めた所で解決する問題では到底ありません。

そしてその医師が過ちを認めることは、その医師をかつて誰も経験したことのない苦しみの谷へ突き落とされることを意味すると言っても過言ではありません。

糖質制限批判派医師達のことが許せない皆さん、貴方達が望むのは本当にそういうことでしょうか。

彼らは彼らで、私達に害がなければ別に穏やかでいてもらっても良いのではないでしょうか。

それに彼らのような心は私達の心にも潜んでいるものであり、彼らへの批判は自分自身への批判と表裏一体です。

こじれた問題を紐解くのは不可逆的な化学変化を可逆的に戻そうとするほど無理難題だと思います。

それならばそこはこれ以上こじれないように心をおさめながら、これからできることに意識を向けて活動していく方がよほど発展的ではないでしょうか。

まあ、もし糖質制限批判派急先鋒の先生が素直に謝ることができれば個人的には大賞賛だという気持ちも少しはありますが、

そこはあまり考えずにこれからのことを前向きに考えていければと私は思います。


たがしゅう
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[ 2019/02/11 00:00 ] ふと思った事 | TB(0) | CM(24)
昨日のブログにあった「主語を逆転する」の内容について深く考えておりました。そして今回の、個人攻撃ではなく「社会全体に潜む病理の一表現型」としての理解も、深く共感するところがあります。昨日考えたことは、相手に敬意を持ち、上からでも下からでもなく、共感希望する仲間として寄り添う事が大事かと思いました。実際には、なかなか出来てないです。今日のテーマも、考えていきたいです。
[ 2019/02/11 10:02 ] [ 編集 ]
Re: タイトルなし
T さん

コメント頂き有難うございます。

> 相手に敬意を持ち、上からでも下からでもなく、共感希望する仲間として寄り添う事

その通りなのですが、こういうと日頃から崇高な志の高い何かをしないといけないような気持ちになりがちですが、
実際には何も特別なことをするのではなく、日頃から話しかけやすい雰囲気を持ってコミュニケーションをとるように心がける、そういった交流の積み重ねがいざという時に苦しみをわかってもらえると感じる関係性につながるのではないかと私は思います。
[ 2019/02/11 14:51 ] [ 編集 ]
No title
わかる気はします。しかし、この医者本人や妻・親が糖尿病になったらどういう選択をするのでしょうか。プライドより命ではないのでしょうか。患者にとっては、医者のプライドなど関係ないはずです。
[ 2019/02/11 21:37 ] [ 編集 ]
Re: No title
ケンタロウ さん

 コメント頂き有難うございます。

> この医者本人や妻・親が糖尿病になったらどういう選択をするのでしょうか。

 
 あくまでも私の予想ですが、この医師はどうしても糖質制限を受け入れきれないので、従来の糖尿病治療を勧めるのではないかと思います。もしも自分は糖質制限をやっているのに、患者には従来型糖尿病治療を勧めているのだとすれば、それは相当悪質だと私は思います。
[ 2019/02/11 21:45 ] [ 編集 ]
それにしても、日本糖尿病学会 門脇理事長はカロリー制限推進派のトップでありながら、江部先生によるとご本人は穏やかな糖質制限をしているらしいです。こういう方が日本糖尿病学会のトップであられるのは何なんでしょうか?カロリー制限を推進する日本糖尿病学会は一旦解体した方が良いのではないでしょうか?
[ 2019/02/12 08:59 ] [ 編集 ]
Re: タイトルなし
ジェームズ中野 さん

コメント頂き有難うございます。

門脇理事長のいらっしゃる東大病院では糖質40%の緩やかな糖質制限食は提供されるようになったと聞いております。
これでも一歩前進した方でしょうが、根本解決を目指すなら解体もやむなしでしょうが、現実的には難しいであろうと思われます。ならば変わらない現状を嘆くより、別の発想で変えていく方に思考を深めていく方が建設的だと私は考える次第です。
[ 2019/02/12 12:04 ] [ 編集 ]
うーん
本当は非難したいけど敢えて褒めて書いておられるのかな。
保身に走る、医師や科学者は存在するに値しないと感じます。
どんなに過去実績があろうと、現在のその在り方で全ては否定されてしまうのではないか。
医師や科学者という立場を捨てて実業家として行動する、もしくは詐欺師として行動するということにはならないか?
気づきがないなら仕方がないが気づいていて何もしないのは、もう未必の故意。
[ 2019/02/12 21:19 ] [ 編集 ]
Re: うーん
たか さん

 コメント頂き有難うございます。

 御指摘のように保身に走る医師や科学者はいます。
 ただそうした人たちが実は本質に気付いていて、わかった上で本質とは逆のことをしているのかと言われたらそうではない可能性が高いと私は考えています。そうした人は「構造上、気付くことができない」とでもいいましょうか。

 科学者であろうとなかろうと、それまでの自分のすべてを否定されるような事を科学的に正しいからという理由ですんなり受け入れることなど誰しもできないと思います。だから糖質摂取を前提として活躍してきた医師達が糖質制限を認めきる事は不可能に近いことだと思っています。

 それにもしもその医師達を糾弾した所で問題が解決されるとも到底思えません。問題はなぜここまでこじれた社会構造になったのかということです。そこに治療の目を向けなければ表面的な問題をすくい上げるに過ぎないと私は思います。
[ 2019/02/12 21:40 ] [ 編集 ]
No title
この記事を拝見して、ちょっとレベルや筋が違うかもしれませんが、水俣病の事例を思い出しました。

当時の厚生省の水俣食中毒に関する特別部会が有機水銀原因説を答申として出したところ、突如解散され、その後、別の委員会が設置され、有機水銀説に対する異説を発表し、被害者の救済が著しく遅れました。これが仮に悪意によるものだとすると相当罪深いと思いました。
医療の世界はすくなくとも「善意」に基づいているものと信じたいと考えています。
[ 2019/02/13 10:24 ] [ 編集 ]
Re: No title
たにぐち さん

 コメント頂き有難うございます。

> 医療の世界はすくなくとも「善意」に基づいているものと信じたいと考えています。

 そうですね。お気持ちは分かります。ただし、「善」とか「悪」とはあくまでも相対的な価値観です。
 例えば、いわゆる悪人であっても、「自分はこれから悪いことをするぞ」と思いながらやっている人はいないと思われ、おそらく自分の中で正しいと考えること(例:これならきっとばれないであろう。ばれなければ自分が得するから別にかまわない、など)を行っているはずです。
 そういう意味では医療の世界は確かに「善意」が敷き詰められている世界だと思います。

 ところが当人が思い込んでいる「善」が、他の人にとっても「善」だとは限らないということです。
 患者をおとしめようと「悪」を働いている医師は誰一人おらず、むしろ皆それぞれが「善」を実行しているつもりだと思いますが、それだけにタチの悪い話だということもできます。おそらく水俣病の時も同じ構造でしょう。

 少なくとも善悪の判断は時代や価値観により移ろうものだということは自覚しておく必要があるのではないかと私は思います。

 2018年11月17日(土)の本ブログ記事
 「「悪」:小川仁志先生の哲学カフェの御報告」
 http://tagashuu.blog.fc2.com/blog-entry-1504.html
 も御参照下さい。
[ 2019/02/13 13:41 ] [ 編集 ]
再び失礼いたします
たがしゅう先生、再び失礼いたします。今回先生が取り上げられた設定はやや特殊な感じがいたします。私が今考えていることを書かせていただきます。

(その1) 約100床ほどがある個人病院に勤務している管理栄養士Aさん。糖尿病患者が多数入院する中で日本糖尿病学会推奨のカロリー制限食を毎日患者さんに提供していました。ところがある日ふとしたことにAさんは糖質制限について知る機会がありました。すっかりハマってしまい自分の食生活も糖質制限。もちろん糖尿病患者にも糖質制限食を提供したい、と心から思いました。ところが管理栄養士の立場であっても医師の了解もなく独自にメニューを変更することができず院長先生に自分の訴えを聞いていただくことになりました。院長曰く「私自身日本糖尿病学会認定医なので糖質制限はまかりならぬ。従来通りのカロリー制限でやってください。」と言われてしまいました。管理栄養士Aさんが糖質制限をしたいと思ってもこの病院では患者さんに最善の食事療法を提供できないと言う結果になりました。Aさんは自分を押し殺してカロリー制限食を糖尿病患者に今も提供しています。

(その2)大学病院に勤務する内科医Bさん、糖尿病患者が多く入院するその大学病院でふとしたことから糖質制限を知ることになりました。カロリー制限より糖質制限の方が良いのではないかと思い内科医長や内科部長に自分の考えを打ち明けました。彼ら曰く当病院内科の方針に不満があるのならばいつ辞めてもらってもいい、との返答。家庭もあるためおいそれと辞めることもできず、自分の意思を押し殺して日本糖尿病学会の指針に沿った治療を引き続き実行する。

上記その1、その2 のような事例はひょっとすればたくさんあるかもしれませんね。彼らも組織の一員です。開業医ならともかく家族もちならば自分の考えを通す事はなかなか難しいですね。つまり管理栄養士や医師の個人レベルでは糖質制限食がオーケーであっても医療レベルではそれが不可能と言う事は多々あるように思います。つまりこの私たちが住む社会は、金儲けにもならない事は好意的に取り上げてもらえないと言うことです。薬が必要で、注射が必要で入院が必要で…。などです。ところが糖質制限食は、薬も注射も入院もおおざっぱに言うと不必要になってきますね。つまりそこには何の医療費もかからないと言うことにつながっていきますね。それが病院経営や製薬会社、などには言いようもない恐怖につながっていくと思います。そういう部分において、糖質制限をこの世に広めてはならないと言う何かしらの思惑があるようにも感じられます。

以上が今のこの日本を取り巻く現状のように思います。たがしゅう先生はどうお考えですか?

長文を失礼いたしました。
[ 2019/02/13 14:14 ] [ 編集 ]
Re: 再び失礼いたします
ジェームズ中野 さん

 コメント頂き有難うございます。
 大変興味深いです。

> 上記その1、その2 のような事例はひょっとすればたくさんあるかもしれませんね
> たがしゅう先生はどうお考えですか?


 確かにそのような方々も多くいらっしゃるでしょうし、そのような方々の苦しむも理解しようと試みる必要があります。
 少し熟考して、後日記事にさせて頂きたいと思います。
[ 2019/02/13 20:37 ] [ 編集 ]
たびたび失礼いたします
たがしゅう先生、たびたび失礼いたします。先日のコメントで肝心な大切なことを書き忘れておりましたので書かせていただきます。

「ただ、これだけは言えます。
人をおとしめようとするために医師になる人間は一人たりともいないということを。

その医師達も患者を苦しめたくて従来治療を行っているわけではないのです。

良かれと思ってやってきたことにたまたま重大な欠陥があり、その事に気付かないまま長い年月が経ち、

もはや引き返せないほどに問題がこじれてしまったという、言わば社会全体に潜む病理の一表現型なのです。」

とたがしゅう先生はブログに書かれていらっしゃいます。

この文章を読んで何かしら引っかかりを感じています。

① オウム真理教が素晴らしい宗教だと思い入信した青年は、結果的にサリンで大量殺戮をすると言う犯罪組織に過ぎなかったと言う事を目の当たりにします。途中で何かおかしいなと思いながらもこの宗教から抜け出すことができない、この組織を脱退することができない、などなど。結果的に消極的積極的に無差別殺人に関わったことになりますね。

②ナチスドイツに入党し国民のためにアーリア人のために活躍しようと心がけていた青年。途中で何かおかしいなと思いながらも離党することはできず結果的にユダヤ人の大量虐殺と言うホロコーストの消極的積極的な役目を担うことになりました。つまり大量虐殺に加担したと言うことです。

糖尿病患者に対して糖質制限食ではなくカロリー制限食を提供し続けていることによって、また日本糖尿病学会の指針に従って治療を行うことで命を落とす患者さんが年間どれぐらいいるのでしょうか?合併症としては、毎年3000人が網膜症で失明し、毎年3000人が下肢閉塞性動脈硬化症で切断し、毎年16,000人が人工透析になっている数字はここ何年も変化がないように聞いております。

医療行為と言いながらも患者を救う手立てにつながらず、絶望へとまた死へと導いていっている医師、看護師、管理栄養士。 ① ②に等しいように感じます。

ナチス親衛隊のアイヒマンは「上からの命令に従ったまでだ」「私の個人的判断で実行したわけではない」などつまりハンナアーレントの言う「悪の凡庸」であったのはご存知だと思います。

病院経営やら製薬会社との絡みの中で金儲けができる医療、その辺が糖質制限に推移できていない大きな理由になっていると思います。
病院組織で働く医療従事者、日々の仕事に忙殺されてあまり深く考えないことが多いのでしょうか?自分の関わる仕事が患者を救っているのかどうか、自分の頭で考えて正しい方向に修正するようにしていただきたいものです。でないと今の糖尿病治療の現場レベルから言うととても納得できないものがあります。病院に医療に殺されていると言っても過言ではありません。

長々と失礼いたしました。
[ 2019/02/14 10:29 ] [ 編集 ]
Re: たびたび失礼いたします
ジェームズ中野 さん

 コメント頂き有難うございます。

 私が申し上げている社会の病理とは、まさにその「良かれと思ってやっていることの重大な欠陥」に気付かず、
 あるいは気付ききれずに、自らが今行う必要があることとして遂行し続ける方向へ人々が仕向けられる所にあると思っています。「凡庸な悪」とはよく言ったものです。
 
> 病院組織で働く医療従事者、日々の仕事に忙殺されてあまり深く考えないことが多いのでしょうか?自分の関わる仕事が患者を救っているのかどうか、自分の頭で考えて正しい方向に修正するようにしていただきたいものです。

 御意見ごもっともです。
 しかし気を付けなければならないのは、そんな自分の考えさえも、もしかしたら間違っていると言われる可能性があるということ、その時に自分は今批判している相手と同じように批判を突っぱねる行動を取ったりはしないかと、
 いつでも自分の考えを見直せる柔軟性がなければ、私達も私達が批判する人と同じ穴のムジナにいつでも変わりうるという危うさは自覚しておく必要があると私は思います。

 とても難しい問題ですね。お気持ちはよくわかりますが批判合戦は解決へとつながらない気がします。もう少し熟考してみたいと思います。
[ 2019/02/14 11:42 ] [ 編集 ]
再々失礼いたします
たがしゅう先生のブログ、

「何も考えていない」人の考え方
カテゴリー:主体的医療
投稿:2018/09/2211:00
コメント(8)TB(0)

ここでお書きになっている先生の内容を私は支持いたします。
[ 2019/02/14 12:25 ] [ 編集 ]
Re: 再々失礼いたします
ジェームズ中野 さん

御支持頂き有難うございます。
[ 2019/02/14 16:29 ] [ 編集 ]
完全な局所診断の世界
最大公約数的な解釈と局所的な解釈は違っていて当然だとおもいます。学会の標準は過去からの全てのことを合理的に包含しなければなりませんから平均的で保守的な解釈になります。しかし現実の世界は多様性に満ちていますから、そこでの個々の現実を詳細に観察すると局所的な解釈はユニークなものになります。

医師は医学的なデータの蓄積を基盤としながらも、個々の患者の局所性を考慮し、個々の患者に最適な治療を提供する義務を医師は負っていると思います。なぜなら患者を診察し治療する権利は個々の医師に委ねられているからです。学会の標準と個々の医者の標準とは違いがあって当然です。

ですが学会は標準を提示する義務もあります。標準がなければ特殊もなくなるからです。

要するに個々の医師、個々の診療科、個々の病院が、それぞれ標準を持ち明示することです。

しかしこの議論もじきに不要になるでしょう。人工知能の進歩は指数関数的に進んでいます。人間が集められる範囲のデータは近いうちにコンピュータの主メモリに格納され、様々な相関関係が徹底的に調査されるでしょう。糖質と体の関係だけでなく、これまで意識かれなかったことまで次々と明らかになります。

また生体の測定技術も進むでしょう。体に多数の高速コンピュータを装着し持続的に多様なデータを採取し、それと巨大データベースで解析された結果との照合を、例えばグーグルなどが有償のサービスとして世界展開すと思います。さらに個人の遺伝子データなどもあらかじめグーグルなどで解析されていて、個人はその機械診察の結果を見て、それを持って医師のところを訪問することになるでしょう。

医師が対応するのは患者ではなく、患者の背後で動作するグーグルの仮想医師との対話になります。医師は患者に説明するのではなく、グーグルの仮想医師に説明することになますが、そこで医師の説明力が不足する可能性が高く、その場合は医師もまた別の今度は医師用の仮想医師の力を借りることになります。すると最後には、患者側の仮想医師と、医者側の仮想医師が話し合いを持つことになります。

医療は最大公約数的な診断から、一瞬で機械による完全な局所診断の世界に移行するでしょう。
[ 2019/02/14 17:48 ] [ 編集 ]
Re: 完全な局所診断の世界
清水 さん

コメント頂き有難うございます。

二つ重要な点を御指摘頂いていると受け取りました。
一つは標準があることの必要性、もう一つは人工知能の進歩に伴うあらゆる個別性をも包含した精度の高い健康管理への展望です。

ただそれぞれに対して私なりの意見があります。
前者に対しては標準がそもそも間違っている時にその標準が取り返しのつかないねじれやこじれをもたらしうるということです。日本糖尿病学会が推奨するカロリー制限食がまさにこれの具体例です。
そして後者に対しては、たとえどれだけ人工知能が進歩してもおそらく人は健康にならないというのが私の見解です。その理由は前者への見解にもつながりますが人工知能にプログラミングされた標準がそもそも間違っていたら台無しになるというのが一つ、そして仮に適切な標準が組み込まれたとしても人工知能という他者に任せている限り、どこまでいっても対症療法の域を出ないと考えられるからです。なぜなら病気を作り出しているのはほとんどが自らの心身の営みであり、具体的に言えば自らの食事と心の在り方に由来する部分がほとんどだと私は考えているからです。

病気の根治療法を目指すなら主体的医療しかなく、そこに人工知能を絡めるとすれば自分の脳にチップを埋め込むしかなく、そうなるとそれはもはや自分ではなくなってしまうと私は思います。
[ 2019/02/14 22:22 ] [ 編集 ]
ジェームス中野さんのコメント支持します。

たがしゅう先生には申し訳ないのですが、医者が医者を擁護する発言は、患者の立場からすると正直聞きたくありません。

結局、今の医療システムに胡座をかいている限り何も変わらないのです。よく、患者さん、一般人の力?とか言われてますが、冗談じゃありません。間違った医療でも、学会基準だからとふんそりがえって?提供し、何の罪にも問われないシステムを、本来なら患者を救うことを第一に考えていた?医師達が作り出しているではありませんか。

勿論少しずつですが社会全体では変化が見えてきています、ですが、何と言おうが医師(医療提供者)が変わることが一番の早道てす。

それをどうやってそれを実現するか?それこそ医師一人一人に考えて頂きたいことです。

[ 2019/02/15 08:23 ] [ 編集 ]
Re: タイトルなし
プリン さん

 コメント頂き有難うございます。

> 医者が医者を擁護する発言

 そのように受け止められても仕方がない私のコメントだとは思いますが、
 私は何も「まあまあ、医師達も一生懸命やっているんだから許してあげて下さいよ」という意味で発言しているのではなく、
 「構造がねじれにねじれて引き返せないレベルにまでこじれてしまったんだなぁ…」というある種の脱力感とともに構造を眺めているという感覚なのです。

 医療関係者が変わる方が医療が早く変わるのは正論だと思いますが、
 それが容易に変われなくなってしまった社会の構造が厳然としてあるのが現実です。
 ならば変われない医療関係者が変わるのを待っているよりも、医療関係者にさっさと変りなさいと葉っぱをかけるよりも、
 変えられる部分から速やかに変わっていく方がはるかに現実的で建設的だと私は思います。
[ 2019/02/15 08:49 ] [ 編集 ]
>ある種の脱力感
たがしゅう先生にそう思わせてしまう現実は、私なりにですが、とてもとてもよく分かります。
学会もですが、それ以前の医学部教育内容も変えなければなりません。
ですが、それでもやっぱりこのネット社会において、一般人でも医者を凌駕する勢いがある中、専門家を志す者、専門家になった者が、でもやっぱり?と言っているのは、当に患者不在で誰のための医療なのか?と問いたいです。勿論たがしゅう先生にではなくて。
私も人様の事は言えませんし、社会全体が倫理観のないさまになって来ました。でもその中で医者ほど倫理観を求められる職業はないのではと思います。
[ 2019/02/15 09:33 ] [ 編集 ]
たがしゅう先生の新しいブログのフォーマット、私のiPhoneの問題なのでしょうか?コメントをされてる方々の数が最後まで送らないと分かりづらく…。前のフォーマットの方がよくわかるのですが…。
[ 2019/02/15 10:04 ] [ 編集 ]
Re: タイトルなし
プリン さん

 コメント頂き有難うございます。
 難しい問題ですね。近日中に自分の意見をまとめてみたいと思います。
[ 2019/02/15 13:05 ] [ 編集 ]
Re: タイトルなし
ジェームズ中野 さん

 コメント頂き有難うございます。

 なぜか旧ブログの読み込みに時間がかかるようになってしまったので、
 テンプレートを変えて対応しようとした次第ですが、
 新しいテンプレート、これはこれで不備がありますね。

 いろいろ試行錯誤してしっくり来るものに変えていこうと思います。
[ 2019/02/15 13:07 ] [ 編集 ]
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プロフィール

たがしゅう

Author:たがしゅう
本名:田頭秀悟(たがしら しゅうご)
漢方好きの神経内科医です。
南鹿児島さくら病院にいます。
糖質制限で10か月で30㎏の減量に成功しました。
糖質制限を通じて世界の見え方が変わりました。
今「自分で考える力」が強く求められています。
私にできることを少しずつでも進めていきたいと思います。
ツイッター:https://mobile.twitter.com/tagashuu600

※当ブログ内で紹介する症例は事実を元にしたフィクションです。

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