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医学の進歩が歪み続けている

category - よくないと思うこと
2019/ 05/ 17
                 
白血病の新薬「キムリア」が3349万3407円で保険収載されたとのニュースが流れてきました。

この薬は「CAR-T細胞療法(chimeric antigen receptor-T cell therapy)」という新しいがん免疫療法の一種で、

CD19という抗原だけを異常に認識して攻撃するように自身の免疫細胞の一種であるT細胞に遺伝子改変を起こし、

CD19抗原をもつがん細胞が異常に増殖するタイプの難治性の白血病(B細胞性急性リンパ節白血病、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫)に効果を示すという治療だということです。

この薬の薬価の高額さはさておいても、いくら高くとも当該の白血病患者さんにとっては希望の光と感じられるのであろうということは理解できても、

それでも私にとっては、このニュースは医療の進歩が大変憂慮すべき方向へと進んでいると感じられるニュースでした。
            

どういう点で私がこの流れを憂慮しているのかについてまとめさせて頂きます。


まず1点目、「極めて強烈な人為を加えている」ということ。

遺伝子改変技術は私達の身近なところでは、ジャガイモ、大豆、トウモロコシなど一部の農作物で行われていましたが、

それが直接人体において行われるというのは、今のところ一部の遺伝病の領域で限られた患者さんに対して行われる特殊な治療でした。

それが保険医療の中で認められたということで、こうした治療が一般化していく道筋が出てきたように感じられます。

遺伝子を人為的に変えるということは、かなりリスキーな介入だと私は思います。

というのも人体の遺伝子に関する事は、まだまだよくわかっていないことも多く、例えばCD19という抗原だけを異常に認識して攻撃するようなT細胞を作って、他の機能に弊害が出ない保証は全くないからです。

事実、このキムリアという薬は治験において、サイトカイン放出症候群(CRS)と呼ばれる独特の副作用が高頻度に発生していることが発表されています(治験参加者の77%)。

具体的には免疫力が低下する「低γグロブリン血症(39%)」、免疫が落ちながら高熱をきたす「発熱性好中球減少症(27%)」、発熱、低血圧(各25%)、頻脈(24%)、脳症(21%)、食欲減退(20%)などが挙げられます。

よくこの副作用の多さで承認されたなと思うレベルで、何か裏があるのではないかと勘繰りさえするレベルです。

ちなみに私は断食により遺伝子変化を起こすアプローチには肯定的です。

それは人為的に遺伝子を操作するのではなく、絶食という環境に身をおいてそれに適応させる変化が起こるよう自然のシステムに委ねるという自然重視型のアプローチであるからです。

断食で何か予期せぬ出来事が起こっても、もともとあったシステムであることからそこには何らかの目的が存在することが想定されますし、もっと言えば自分の感覚で引き返すという選択肢もとれます。

ところが人為的な遺伝子改変で起こってくるトラブルは、必ずしも合目的ではなく人体にとって不自然な現象が起こっても全く不思議ではないのであり、そのひとつの表現型がキムリアのサイトカイン放出症候群なのだとすれば、

これは恐ろしく後戻りが難しい極めて脅威的な人為を加えているということになるのではないかと心配しています。


二つ目は「科学が人体を歪め続ける流れが止まらない」という点です。

保険で認められたということは、今後おそらく国はこうした治療をどんどん推進していこうとしているのだろうと想定されます。

多くの人達はこの流れを、研究者の皆さんが最先端の科学技術を使って今までになかった治療法を開発してくれていると歓迎さえするのではないかと思います。

流石に薬価の高さには違和感を覚えるかもしれませんが、それでもそのお金が自分の財布から直接取られている感覚まではないので何となく縁遠い話だと感じるでしょう。

実際には保険料だとか税金だとかいう形でお金はとられまくっているので非常にトリッキーな構造でごまかされているのですが、

問題の本質はそこではありません。この薬が安かったらいいという話でもないのです。

私からすれば、科学という名の下にとんでもなく自然を冒涜した治療が推し進められているように見えてしまいます。

病気の根本的原因に目を向けさせず、対症療法の発展にのみ力を注ぎ続けてきて、あげくの果てについに遺伝子改変にまで手を出そうとしてきた愚かさです。

自然重視型医療のスタンスの私としては、遺伝子を変えるというのは究極の人為的操作です。

言い換えれば、「ありのままの自分を受け入れる」という発想から最もかけ離れた行動です。

科学に対して人々が抱く信頼は絶対で、私もそれ自体は否定しないものの、医療においてはそれが明らかに歪んだ方向で進み続けてしまいました。

そして今後も科学研究はこうした方向で推進されていくシステムが強固に構築されきってしまいました。

そう言えば、2016年にオートファジーでノーベル医学生理学賞を受賞された大隅良典先生は受賞会見の時に、お金のかかる研究ばかりが繰り返され、一見無駄だと思える研究であっても、それを支持するシステムがなくなってしまっていることに苦言を呈しておられたように記憶しています。

この遺伝子の改変にまで踏み込もうとする医療の流れは誰にも止められない段階まで来ているように私には感じられてしまいます。

もし止めることができるのだとすれば、人々自体がその流れを求めないということなのでしょうが、

社会の集団心理の中でそれすら厳しいだろうと思われます。もはや一度人類が破滅するより他に道はないのかもしれません。


そして3つ目は「人々が自分の内面を見つめ直す流れから遠ざかってしまう」という点です。

私は常日頃、主体的医療の重要性をこのブログで掲げ続けていますが、

主体的医療の本質は、病気に関すること、あるいはそれ以外に出来事にも通じるかもしれませんが、すべてを自分の中にあるものの中で原因を考えて対処をするという姿勢にあります。

病気を天から自分に降りかかってきた不幸と捉えるのではなく、自分は何も悪くないから罪のない自分を助けてほしいと懇願するのではなく、

外部から何らかの病邪が加わったとしてもそれに対する自分のリアクションが病気の原因となるのであって、

どうすれば病気を起こすリアクションを起こさずに済むのかということを、自分の中にあるものの中で考えようとするというスタンスです。

そもそも世の中に私を苦しめる絶対悪として存在しているものは何もないはずです。

あるいは病だと捉えているその状態も、本当は病でも何でもなくて、自分というものの一つの表現型に過ぎないはずです。

遺伝子を変えて病気を克服しようとする考えはそうした主体的医療の考え方からは真逆と言ってもいいほどの発想です。

こうした治療が推進されればされるほど、人はまだ見ぬ夢の治療法に希望を抱き、自分の中にあるものを受け入れるという発想から遠ざかるというのが、私が最も憂慮している所です。


白血病で苦しんでいる患者さんにとっては藁をもすがる気持ちなのだろうと思います。

今回の私の記事はそうした人達の気持ちを逆なでしているのかもしれません。

それでもそうした治療を歓迎するのではなく、なぜ白血病になったのかを自分の中にあるものの中から考える姿勢にこそ希望はあるように感じています。

藁をもすがろうとするその気持ちによって製薬ビジネスに踊らされてしまう人、

あるいは今すぐ関わっていなくとも自然を踏みにじる科学研究を歓迎してしまうことで、巡り巡って自分達の首を絞めてしまう人、

そんな人達が一人でも少なくなるように、私は主体的医療の重要性を叫び続けたいと思います。


たがしゅう

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