糖質制限を否定する医学論文の中に、
「マウスに高脂肪食を与え続けると肥満・糖尿病を発症する」という現象を根拠にしているものがあります。
ここにおける高脂肪食とは低糖質食(糖質制限)とほぼ同義と捉えてよい設定です。
確かに動物実験において、マウス系統の動物に高脂肪食を与える事は、最も頻用されている2型糖尿病の誘発方法です。
これに対しては「草の種子(穀物)を主食とするマウスに本来の主食ではない高脂肪食を食べさせ続けたら代謝が破たんするのは当然」だという反論があります。
しかし、代謝が破たんするというのは漠然とした表現であり、本来の主食と違うものを食べたら具体的に何がどうなって糖尿病へ発展するのかという生化学メカニズムはよくわかっていません。
しかも高脂肪食はヒトに対しては糖尿病を改善するという真逆の方向へ働きかけるにも関わらず、です。
はたして高脂肪食を摂取した時の生態反応は、ヒトとマウスでは一体何が違うというのでしょうか。
今日は「
マウスに高脂肪食を与えるとなぜ肥満・糖尿病を発症するのか」という事について私なりに考えてみたいと思います。
それを考えるためにまずはマウスの生化学的なシステムはヒトとどのように違うのかという事について以下の本で調べてみました。
獣医生化学 単行本 – 2005/10
斉藤 昌之 (編集), 横田 博 (編集), 鈴木 嘉彦 (編集) もしかしたらヒトとは全く違う代謝経路があって、例えば脂肪を摂取するとグルコースが上昇するといった回路が働いている可能性もあるかもしれないと思ったからです。
ところが、実際に読んでみると、マウスの代謝というよりは、章は動物全般に共通するシステムとしてまとめられており、
解糖系、クエン酸回路、酸化的リン酸化、糖新生など、私が医学部の生化学の講義で学んだ事とほぼ同じ内容が書かれているのです。
つまり
ヒトとマウスとで生化学的なバックグラウンドには大きな違いはないという事です。
一方マウスと同じ草食動物であるウシにおいて次のような記載がありました。
(p102より引用)
【乳牛のケトーシス】
(前略)
ケトーシスは、分娩1週間前から分娩後1か月以内に、泌乳能力の高いウシや分娩時肥満状態のウシに多発する。
ウシはルーメン(※第1胃)における発酵産物である揮発性脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸)を主たるエネルギー源として利用する。
肝臓がほとんどのケトン体産生をまかなう単胃動物とは対照的に、反芻動物では酪酸を消化管でβ-ヒドロキシ酪酸に変換するため、もともと血中のケトン体濃度は高い傾向にある。
それに対して、血糖の供給はプロピオン酸からの糖新生に依存するために、単胃動物よりも低い(50mg/dL程度)。
(引用、ここまで)
この文章からヒトと草食動物のメカニズムの違いを読み解く事ができます。
つまり
ヒトが肝臓でケトン体を産生しているのに対し、草食動物においてはケトン体の主たる産生の場は消化管であり、そこには「発酵」という現象が関わっているという事です。
発酵を行うのは微生物、消化管に住む微生物と言えば腸内細菌です。
つまりヒトとマウスの高脂肪食を摂取した後の反応は、生化学的なメカニズムの違いではなく、消化管に介在する発酵に関わる腸内細菌の違いによってもたらされている可能性があります。
発酵という現象は「無酸素下でグルコース(血糖)を利用してエネルギーを取り出し何らかの副産物を産生する」という点で「解糖」と共通する所があります。
解糖という現象はほとんどすべての生物に共通する原始的代謝系であり、ミトコンドリアを持たない腸内細菌にとっては唯一のエネルギー産生系です。
解糖と発酵の違いは、産生される副産物が乳酸であれば解糖、二酸化炭素とエタノールであれば発酵、というだけで基本的な原理は同じです。
ただウシの反芻でみられるように、ある種の細菌は発酵によってエネルギー源である脂肪酸を副産物として作り出す事ができます。
腸内細菌にとっては消化管の持ち主であるウシが死んでしまっては生きていく事ができませんので、
発酵によって生み出した脂肪酸のエネルギーをウシに提供することで自らの住処である消化管を安息の地とする事ができます。
そしてウシにしてみれば消化管に住みつく腸内細菌からエネルギーをもらうべく発酵をせっせと行ってもらうためには、
発酵に必要なグルコースという材料が必要になってくるという話になってきます。
だからウシにとっては高脂肪食のような糖の少ない食事ではエネルギーを確保する事が難しいのではないかと思うのです。
この構造は草食を基本とするマウスにおいても同じような事が言えるのではないかと私は考えます。
では糖さえ入っていればどんな食事でもいいのかと言われるとそれは違うと思います。
同じ糖が入っている食事でも、草食(穀物)でなければならない理由があるはずです。
ここで
資化菌と配糖体の話を思い出します。
配糖体は植物が生命活動を営むのに必要な生理活性物質に糖をくっつけて無効化したという所に起源があるという話をしました。
そしてその配糖体を有効化するためには配糖体から糖を外す専用の酵素を持っているのが資化菌と呼ばれる細菌群でした。
ウシとの共生関係と一緒で、植物に定着する細菌も植物との共生関係が結べないと生命活動を営む事ができません。
植物が排泄物として生み出す配糖体を、自身の酵素によって有効に利用できる資化菌のような細菌でないと植物との共生関係は結べないと思います。
配糖体から糖を取り出せなければ細菌は死あるのみ、だから植物に住みつく事ができる細菌はおのずと選別されていく事になります。
また配糖体をうまく使えば、
ある種の薬がそうであるように全身の代謝を高め、宿主にとって有利に働かせる事もできるようになります。
つまり草食動物は草や穀物を食べる事で、糖と一緒に配糖体を有効利用できる腸内細菌まで取り込めるので、より代謝を高める形にもっていく事ができるわけです。
そして同じことを肉食動物がしたとしても発酵で脂肪酸を生み出す腸内細菌や配糖体を利用できる腸内細菌がいなければ、草を食べてもエネルギーにはなりません。
このように、
草食動物には草食動物用の腸内細菌が、肉食動物には肉食動物用の腸内細菌がいるという違いがヒトとマウスの違いを生み出すのではないかと私は考える次第です。
以上を踏まえて「マウスに高脂肪食を与えるとなぜ肥満・糖尿病を発症するのか」について考えてみます。
マウスが穀物ベースの高糖質食を食べれば、その糖は腸内細菌が発酵によって消費し、しかも脂肪酸や配糖体からのエネルギーや生理活性物質を生み出してくれるのでマウスは元気満タンで代謝もよくなって肥満や糖尿病にはなりません。
一方で糖質の少ない高脂肪食をマウスが食べれば、確かにその食事そのものによる血糖上昇はないかもしれませんが、
腸内細菌には糖の栄養が行かず、エネルギーや生理活性物質が生み出されず結果的にマウスの代謝が落ちます。運動不足にもなって肥満になりやすくなります。
そうなれば肥満に伴うインスリン抵抗性にもつながり慢性的な高血糖状態となります。これがマウスが高脂肪食を食べると糖尿病になる、の本質ではないかと思うのです。
もっと言えば、肉食動物であっても腸内環境が草食動物用の腸内細菌に入れ替われば、マウスと同じような状況になりうるのではないかと思うのです。
それを現実に成し遂げたのが
青汁1日1杯で長年生活されている森美智代さんだと思いますし、
世の中には炭水化物ばっかり食べててもスリムで健康な人や、いわゆるやせの大食い体質の方もいますが、
もしかしたらそういう方々の腸内細菌は草食動物寄りになっているのではないかと私は想像しています。
もしもこの仮説が正しければ、万人に共通する健康原理だとする糖質制限の考え方は、
必ずしも万人によいとは限らないと、少し軌道修正していく必要があるかもしれません。
たがしゅう
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昨夜寝る前に今回の記事を3回読んで寝たので、どうしても気になって早起きして、このコメントを書いています。
今回の結論は、私たち糖質セイゲニストにとっては衝撃的ですね。特に私の家内のように、糖質を摂取していても全く太ら(れ)なかった人は、糖質制限をすると逆に糖尿病になる可能性があるということですよね。
家内はスーパー糖質制限を始めて2年以上が経過しており、現在のところ糖尿病の兆候はないのですが、今月の人間ドックの結果を注視したいと思います。
たがしゅうさんの仮説にはいつも納得する点が多いのですが、今回だけはどこかに盲点があってほしい、とつい思ってしまいました。(スミマセン)